アルキメデス的量の比例論
著者:梅谷 武
ユークリッド原論第V巻の比例論を集合論の言葉で書き直す。
作成:2006-11-04
更新:2011-03-10
集合
Mの2つの元
a,bについて加法
a+b∈Mが定義されていて次の性質を満たすとき、
Mは
半加群semimoduleであるという。
(可換律)
| 任意の2元a,bについて、a + b = b + a |
(結合律)
| 任意の3元a,b,cについて、(a + b) + c = a + (b + c) |
(零元)
| 0∈Rが存在し、任意の元aについて、a + 0 = 0 + a = a |
集合における任意の2元の関係
≦が次の性質を満たすとき、その関係を
順序orderまたは
半順序semiorderという。
(反射律)
| 任意の元aについて、a ≦ a |
(反対称律)
| 任意の2元a,bについて、a ≦ b, b ≦ a ⇒ a = b |
(推移律)
| 任意の3元a,b,cについて、a ≦ b, b ≦ c ⇒ a ≦ c |
さらに、
(全順序)
| 任意の2元a,bについて、a ≦ b または b ≦ a |
を満たすとき、その関係を
全順序total orderまたは
線形順序linear orderという。
a ≦ b かつ a ≠ bのとき、a < bと書き、a ≧ b かつ a ≠ bのとき、a > bと書くことにします。
順序半加群
Mにおいて、次が成り立つ。
(1)
| 任意の3元a,b,cについて、a = b ⇔ a + c = b + c |
(2)
| 任意の3元a,b,cについて、a < b ⇔ a + c < b + c |
順序半加群の元
a∈Mと自然数
n∈ℕについて、
と定義することによって自然数
ℕを作用させることができます。
集合
Qが
量quantityであるとは、順序半加群であり、さらに次の性質を満たすことをいう。
(Q1)
| 任意の2元a,bについて、a ≦ bならば a + c = bとなる c∈Qが唯一つ存在する。このとき、c = b - aと書く。
|
量
Qが
アルキメデス的Archimedeanであるとは、全順序であり、さらに次の性質を満たすことをいう。
(QA)
| 零でない任意の2元a,bについて、自然数m,nが存在して、ma > b, nb > aが成り立つ。
|
以後、アルキメデス的量Qについて考えます。特に断らない限り、量あるいは自然数は零で無いものとします。
Q+ = { a∈Q | a≠0 }とし、直積集合
Q+ × Q+ = { (a,b) | a,b∈Q+ }
|
の元
(a,b)を単なる順序対ではなく、
比ratioと考えるときに
a:bと書くことにします。比とは量を比較するために導入される概念です。
集合における任意の2元の関係
∽が次の性質を満たすとき、
同値関係equivalence relationという。
(反射律)
| 任意の元aについてa ∽ a |
(対称律)
| 任意の2元a,bについてa ∽ b ⇒ b ∽ a |
(推移律)
| 任意の3元a,b,cについてa ∽ b, b ∽ c ⇒ a ∽ c |
比の集合
Q+×Q+={a:b|a,b∈Q+}をすべてのアルキメデス的量について合併した集合:
の任意の2元
a:b, c:dについて比例関係
∾を次のように定義する。
二つの比
a:b, c:dが
比例するpropotionalとは、任意の自然数
m,nに対して次が成り立つことをいう。
a:b, c:dが比例するとき、
a:b∾c:dと書く。
証明
(反射律):任意の自然数
m,nに対して、
が成り立つ。
(対称律):任意の自然数
m,nに対して、
が成り立たないと仮定すれば、ある自然数
m,nに対して、
となるが、これは仮定に矛盾する。同様にして残りも示すことができる。
(推移律)=(
命題V-11):任意の自然数
m,nに対して、
ma ⋛ nb ⇒ mc ⋛ nd, mc ⋛ nd ⇒ me ⋛ nf
|
が成り立つから、
が成り立つ。■
I
自然数
ℕは量
Qに作用している、すなわち写像
ℕ×Q → Q, (m,a) ↦ maは次の性質をもつ。
証明
(1)=(
命題V-1):
| | |
| | (a+ ⋯ +a) + (b+ ⋯ +b) [可換律,結合律] |
|
| | |
(2)=(
命題V-2):略
(3)=(
命題V-3):略
■
II
(5)
| m(a - b) = ma - mb, m ∈ ℕ, a,b ∈ Q |
(6)
| (m - n)a = ma - na, m,n ∈ ℕ, a ∈ Q |
二つの比
a:b,c:dと任意の自然数
m,n∈ℕについて次が成り立つ。
a:b ∾ c:d ⇒ ma:nb ∾ mc:nd
|
証明
ma ⋛ nb ⇒ mc ⋛ nd はmb ⋛ na ⇒ md ⋛ nc と同等である。■
二つの比
a:b,c:dについて、
a:b>c:dすなわち
a:bが
c:dより大きいとは、ある自然数
m,nが存在して次が成り立つことをいう。
上の定義により、比例関係による同値類の集合における順序が定まり、この順序により比例類の集合は全順序集合となる。
証明
まず最初にこの順序が比例類に対して定まっていることを示す。すなわち、
a:b>c:d, a:b∾a':b', c:d∾c':d'ならば
a':b'>c':d'が成り立つことを示す(
命題V-13)。仮定から、ある自然数
m,nが存在して
が成り立つ。このとき
a:b∾a':b', c:d∾c':d'より、
が成り立つから、
a':b'>c':d'である。
(反射律):略
(反対称律):もし
a:b>c:d, c:d>a:bならば、ある自然数
m,n,s,tが存在して
ma > nb, mc ≦ nd, sc > td, sa ≦ tb
|
となる。
より
mt > nsである。一方、
より
ns > mtとなり矛盾である。
(推移律):
a:b>c:d, c:d>e:fならば
a:b>e:fを示す。仮定より、ある自然数
m,nが存在して
となるが、このとき、
me≦nfである。もしそうでないならば、
となり矛盾する。
(全順序):等しくなければ定義からある自然数
m,nが存在して
のいずれかが成り立つ。
■
量
a,b,c∈Q+について次が成り立つ。
a > b ⇒ a:c > b:c, c:a < c:b
|
証明
自然数
mを
m(a-b)>cとなるようにとり、自然数
nを
(n+1)c>mb≧ncとなるようにとると、
となり、
a:c>b:c, c:a < c:bが成り立つ。■
証明
もしa≠bならば、命題V-8よりa:c∾b:c, c:a∾c:bに矛盾する。■
証明
a:c>b:cならば自然数
m,nが存在して
となるから、
ma>mbが成り立つ。このことから
a>bがわかる。次も同様にして示すことができる。■
量
a,b,c,d∈Q+について次が成り立つ。
a:b ∾ c:d ⇒ a:b ∾ (a+c):(b+d)
|
量
a,b,c,d∈Q+において
a:b∾c:dならば次が成り立つ。
量
a,b∈Q+と任意の自然数
mについて次が成り立つ。
証明
任意の自然数
m,nについて、命題V-15より、
である。命題V-14より、
であるから、
a:c∾b:dが成り立つ。■
量
a,b,c,d∈Q+について次が成り立つ。
(a+b):b ∾ (c+d):d ⇒ a:b ∾ c:d
|
証明
m(a+b) ⋛ (m+n)b ⇒ m(c+d) ⋛ (m+n)d
|
より
■
量
a,b,c,d∈Q+について次が成り立つ。
a:b ∾ c:d ⇒ (a+b):b ∾ (c+d):d
|
証明
より
m(a+b) ⋛ (m+n)b ⇒ m(c+d) ⋛ (m+n)d
|
■
量
a,b,c(<a),d(<b)∈Q+について次が成り立つ。
a:b ∾ c:d ⇒ a:b ∾ (a-c):(b-d)
|
証明
| | |
| | (a-c):c ∾ (b-d):d [命題V-17] |
|
| | (a-c):(b-d) ∾ c:d [命題V-16] |
|
■
二つ量の列
(a,b,c),(d,e,f)において
a:b∾d:e, b:c∾e:fならば次が成り立つ。
二つ量の列
(a,b,c),(d,e,f)において
a:b∾e:f, b:c∾d:eならば次が成り立つ。
証明
命題V-20と同様。■
二つ量の列
(a,b,c),(d,e,f)において
a:b∾d:e, b:c∾e:fならば
a:c∾d:fが成り立つ。
証明
命題V-4より、
ma:nb ∾ md:ne, nb:lc ∾ ne:lf
|
よって、命題V-20を
(ma,nb,lc),(md,ne,lf)に当てはめれば、
となり、定義より
a:c∾d:fである。■
二つ量の列
(a,b,c),(d,e,f)において
a:b∾e:f, b:c∾d:eならば
a:c∾d:fが成り立つ。
証明
命題V-15より、
仮定から
a:b∾e:fであるから、
命題V-16より
b:c∾d:eの交代比は等しい。
命題V-15より、
であるから、
よって、命題V-21を
(ma,mb,nc),(md,ne,nf)に当てはめれば、
となり、定義より
a:c∾d:fである。■
量
a,b,c,d,s,t∈Q+において
a:b∾c:d, s:b∾t:dならば
(a+s):b∾(c+t):dが成り立つ。
証明
s:b∾t:dより、命題V-7系から
b:s∾d:tである。
(a,b,s),(c,d,t)に命題V-22を適用すれば、
となり、命題V-18より、
であるから、
((a+s),s,b),((c+t),t,d)に命題V-22を適用すれば、
である。■
量
a,b,c,d,s,t∈Q+において、
aが最大、
dが最小であり
a:b∾c:dならば
a+d>b+cが成り立つ。
証明
交代比
a:c∾b:dに命題V-19を適用すれば、
ここで、
a>cより
(a-b)>(c-d)であり、この両辺に
b+dを加えると
である。■
数 学
半加群 semimodule
順序 order
半順序 semiorder
全順序 total order
線形順序 linear order
順序半加群 ordered semimodule
量 quantity
アルキメデス的 Archimedean
アルキメデス(287-212BC)は、エウドクソス(408-355BC?)やユークリッド(365-275BC?)から学んだ世代なのでこの表現は適切とはいえないが、アルキメデスが著書でよく使っていることから、現代ではこう呼ぶことが慣例となっている。
比 ratio
同値関係 equivalence relation
比例する propotional