一変数多項式と形式的冪級数
著者:梅谷 武
語句:形式的冪級数,多項式,単項式,係数,不定元,変数,合成積,形式的冪級数環,部分環,多項式環,線形独立,生成系,自由加群,基底,次数,モニック
一変数多項式と形式的冪級数について述べる。
作成:2006-05-18
更新:2021-03-17
一変数多項式の定義は、シモン・ステヴィンの考えを集合論を使って表現したものということができます。つまり、多項式とは添え字が付いた数の列のことです。しかし、整数論においては整数や有理数だけでなく、その他のいろいろな可換環の計算も取り扱いますので、多項式も一般の可換環上で定義します。
可換環
Rの元の列全体の集合
{(ai)i ∈ℕ | ai ∈R }に加法と乗法を次のように定義します。
添え字が小さいところを展開してみると、
| | (a0 + b0, a1 + b1, a2 + b2, ⋯ ) |
|
| | (a0 b0, a0 b1 + a1 b0, a0 b2 + a1 b1 + a2 b0, ⋯ ) |
|
というようになっています。
この係数列をデカルトの代数記号で表現してみます。デカルトは
不定元ふていげん, indeterminateあるいは
変数へんすう, variableをアルファベットの後ろの方の文字
X,Y,Z,⋯によって表現しました。ここでは一変数多項式の不定元を
Xで表すことにします。
Xは上の定義では
(0,1,0,0,⋯)に対応します。
Xの冪乗
Xnは
n番目の項が
1で、その他の項が
0である列になります。
例えば
X3 - 3X2 + 3X - 1は
(-1,3,-3,1,0,⋯)に対応します。これと
X+1=(1,1,0,⋯)との乗法を計算してみましょう。
| | |
| | (X4 - 3X3 + 3X2 - X) + (X3 - 3X2 + 3X - 1) |
|
| | |
| | (-1,3,-3,1,0,⋯) × (1,1,0,0,0,⋯) |
|
| | (-1 ⋅ 1, -1 ⋅ 1 + 3 ⋅ 1,3 ⋅ 1 + -3 ⋅ 1, -3 ⋅ 1 + 1 ⋅ 1,
1 ⋅ 1, 0, ⋯) |
|
| | |
文字式として考えたときの乗法と係数列の乗法が一致していることがわかります。この係数列として考えた乗法のことを
合成積ごうせいせき, convolutionと呼ぶことがあります。
この加法と乗法によって可換環の係数列の集合は可換環となります。
以下、
可換環の定義に従ってこれを確かめていきましょう。
まず加法に関して可換群になっていることは、加法が項毎の加法として定義されていることからあきらかでしょう。零元は全項が
0である
(0,0,0,⋯)という列です。次に乗法についてですが、単位元は最初の項が
1で、それ以外が
0という列
(1,0,0,⋯)になります。可換律は乗法の定義が対称であることからあきらかです。
((ai) × (bj)) × (ck) = (dl)とおくと
より
(dl) = (ai) × ((bj) × (ck))となり、結合律が成り立つこと
がわかります。
(ai) × ((bj) + (ck) = (dl)とおくと
より
(dl) = (ai) × (bj) + (ai) × (ck)となり、分配律が成り立つことがわかります。したがって、これは可換環になっています。
形式的冪級数環においては、最初の項だけが
0でない
(r,0,0,⋯)のような形の元と
r ∈Rを同一視します。これにより、
Rの元と形式的冪級数に対して係数倍を定義することができます。この係数倍に関して次の性質が成り立ちます。
これにより形式的冪級数環が
R-加群になっていることがわかります。
形式的冪級数は不定元
Xによって次のように書くことができます。
この和は形式的なものであって、その意味で形式的冪級数と呼ばれています。多項式の場合、この和は実際の和と一致します。任意の多項式は、
| = a0 + a1 X + a2 X2 + ⋯ + an Xn
|
と書くことができます。この形式で多項式の和と積を書いてみましょう。
このように不定元
Xで表現する場合、
R上の形式的冪級数環を
R[[X]]、多項式環を
R[X]と書きます。このとき
R ⊂ R[X] ⊂ R[[X]]という包含関係があります。また、
{ Xi | i ∈ℕ }は
R[X]の基底であり、したがって
R[X]は
R-自由加群になっています。
0でない多項式についてその
次数じすう, degreeを、有限列の長さとして次のように定義します。
に対してその次数を
nとし、
と書きます。次数には次の性質があります。
可換環
R上の多項式環
R[X]の次数について次が成り立つ。
特に
Rが整域の場合は
(2)で等号が成り立つ。
証明
演習とする。■
整域上の多項式環と形式的冪級数環には次の性質があります。
証明
演習とする。■
多項式環においては整数と同じように割り算ができる場合があります。例として整係数の多項式の割り算をしてみましょう。
0でない多項式
f(X)の最高次数の項の係数が
1のとき、
f(X)は
モニックもにっく, monic多項式または単多項式であるといいます。可換環上の任意の多項式は単多項式で割ることができます。
R[X]を可換環
R上の多項式環とする。
f(X)を
R[X]の任意の多項式とし、
g(X), deg g(X) ≧ 1を単多項式とする。このとき
f(X) = g(X)q(X) + r(X), deg r(X) < deg g(X) あるいは r(X) = 0
|
を成り立たせる多項式
q(X),r(X)が存在する。もし
Rが整域であれば
q(X),r(X)は一意的に存在する。
証明
上の例のように適当なq(X)を作ることでf(X) - g(X)q(X)の次数をdeg g(X)より小さくすることができる。この詳細と一意性の証明は演習とする。■
特に体上の多項式環においては、単多項式という仮定は必要がなく、整数と同様な除法の原理が成り立ちます。
k[X]を体
k上の多項式環とする。
f(X),g(X)を
k[X]の任意の多項式とし、
deg g(X) ≧ 1とする。このとき
f(X) = g(X)q(X) + r(X), deg r(X) < deg g(X) あるいは r(X) = 0
|
を成り立たせる多項式
q(X),r(X)がただ一組だけ存在する。
証明
演習とする。■
一変数多項式は可変長のリストとして実装することができます。整係数と有理係数の一変数多項式の加算・減算・乗算・冪乗・除算・剰余の計算例を示しておきます。
from Poly1 import *
a = Poly1( [-1,3,-3,1] )
b = Poly1( [1,1] )
print "a = ", a, ", b = ", b
print "a * b = ", a * b
print "b^2 = ", b**2
print "a + b = ", a + b
print "a - b = ", a - b
print "a / b = ", a / b
print "a % b = ", a % b
print
Poly1.SetChar( 'y' )
a = Poly1( [Fraction(-3,10), Fraction(1,25), Fraction(1,4)] )
b = Poly1( [Fraction(1,2), Fraction(-3,10)] )
print "a = ", a, ", b = ", b
print "a * b = ", a * b
print "b^2 = ", b**2
print "a + b = ", a + b
print "a - b = ", a - b
print "a / b = ", a / b
print "a % b = ", a % b
a = X^3 - 3X^2 + 3X - 1 , b = X + 1
a * b = X^4 - 2X^3 + 2X - 1
b^2 = X^2 + 2X + 1
a + b = X^3 - 3X^2 + 4X
a - b = X^3 - 3X^2 + 2X - 2
a / b = X^2 - 4X + 7
a % b = -8
a = 1/4y^2 + 1/25y - 3/10 , b = -3/10y + 1/2
a * b = -3/40y^3 + 113/1000y^2 + 11/100y - 3/20
b^2 = 9/100y^2 - 3/10y + 1/4
a + b = 1/4y^2 - 13/50y + 1/5
a - b = 1/4y^2 + 17/50y - 4/5
a / b = -5/6y - 137/90
a % b = 83/180
require 'mathn'
require './poly1'
a = Poly1([-1, 3, -3, 1])
b = Poly1([1, 1])
print "a = ", a, ", b = ", b, "\n"
print "a * b = ", a * b, "\n"
print "b^2 = ", b**2, "\n"
print "a + b = ", a + b, "\n"
print "a - b = ", a - b, "\n"
print "a / b = ", a / b, "\n"
print "a % b = ", a % b, "\n"
print "\n"
Poly1.setchar('y')
a = Poly1([-3/10, 1/25, 1/4])
b = Poly1([1/2, -3/10])
print "a = ", a, ", b = ", b, "\n"
print "a * b = ", a * b, "\n"
print "b^2 = ", b**2, "\n"
print "a + b = ", a + b, "\n"
print "a - b = ", a - b, "\n"
print "a / b = ", a / b, "\n"
print "a % b = ", a % b, "\n"
a = X^3 - 3X^2 + 3X - 1, b = X + 1
a * b = X^4 - 2X^3 + 2X - 1
b^2 = X^2 + 2X + 1
a + b = X^3 - 3X^2 + 4X
a - b = X^3 - 3X^2 + 2X - 2
a / b = X^2 - 4X + 7
a % b = -8
a = 1/4y^2 + 1/25y - 3/10, b = -3/10y + 1/2
a * b = -3/40y^3 + 113/1000y^2 + 11/100y - 3/20
b^2 = 9/100y^2 - 3/10y + 1/4
a + b = 1/4y^2 - 13/50y + 1/5
a - b = 1/4y^2 + 17/50y - 4/5
a / b = -5/6y - 137/90
a % b = 83/180
[
2] ファン・デル・ヴェルデン, 現代代数学〈1〉, 商工出版社, 1959
[
4] 堀田 良之, 岩波講座 現代数学の基礎〈9〉環と体, 岩波書店, 2001
数 学
形式的冪級数 けいしきてきべききゅうすう, formal power series
多項式 たこうしき, polynomial
単項式 たんこうしき, monomial
係数 けいすう, coefficient
不定元 ふていげん, indeterminate
変数 へんすう, variable
合成積 ごうせいせき, convolution
形式的冪級数環 けいしきてきべききゅうすうかん, formal power series ring
部分環 ぶぶんかん, subring
多項式環 たこうしきかん, polynomial ring
線形独立 せんけいどくりつ, linearly independent
生成系 せいせいけい, generator system
自由加群 じゆうかぐん, free module
基底 きてい, basis
次数 じすう, degree
モニック もにっく, monic