自然数論
著者:梅谷 武
語句:自然数, ペアノの公理, 数学的帰納法
数という概念が自然哲学あるいは集合論の立場でどのようにとらえられているかについて要約する。まず、零という状態とある状態に一個加えて新しい状態を作るという単純な操作だけを持つ計数機構の状態の全体として自然数が作られ、数学ではペアノの公理で定義されることを述べる。次にすべての計数システムは同等であること、言い換えれば自然数が本質的に唯一の存在であることを数学の立場ではどのように証明されるのか、我々が普段行なっている数の計算規則がどのようにペアノの公理から導かれるのかについてそのあらすじを追う。
作成:2015-04-11
更新:2021-04-03
 数とは人間が個体の集まりを計るために作り出した計数システムから生まれたものである。個体とは人間がある種の個性を持つ対象として認識できるものであり、さまざまな対象の中から特定種の単一個体を識別することができるものとする。個体の集まりとはある領域内に存在する同種の個体の集まりであり、これを集団と呼ぶ。
 集団を計るとはある特定種の単一個体を単位として定め、それと同種の個体からなる集団と基準となる集団を比較することであり、それらが等しいか大きいか小さいかを判断する。集団を計ることを数え上げあるいは計数と呼ぶ。
 計数は一対一対応に基づいて行なわれ、計る対象の集団と基準となる集団が異種であってもかまわない。

定義1 恒等性

 各々の集団の各個体を一対一に対応させることができるとき、それらの集団は等しいという。

定義2 大小関係

 各々の集団の各個体を一対一に対応させることができないとき、個体が余る方を大きい、個体が足りない方を小さいという。
 西アジア各地の遺跡からトークンと呼ばれる直径2cm程度の粘土塊とそのトークンを格納したと思われるブッラと呼ばれる直径10cm程度の中空の粘土球が数多く出土している。最古のトークンの年代は紀元前八千年紀であり、これが人類最古の計数システムである可能性が指摘されている。
 トークンとブッラによる計数システムで集団を計る様子を次に示す。
 まずブッラを空にする。この状態を零といい、記号0で表わす。個体が存在しなければ集団の数は0である。
 印無し個体が存在すれば、その個体に印を付けブッラにトークンの単一個体を入れる。これをブッラにトークンを一つあるいは一個加えるという。
 印無し個体が存在する場合は手順1へ。そうでなければ計数は終了。このときのブッラの状態を対象集団の数という。

算法1 数え上げ

手順0 ブッラを空にする。
手順1 印無し個体に印を付け、ブッラにトークンを一個加える。
手順2 印無し個体が存在するなら手順1へ。そうでなければ計数終了。
 数え上げにおいてブッラに対する操作は次の二つしかない。
(1) ブッラを空にする。
(2) ブッラにトークンを一個加える。
これだけですべての数が作られる。次にこのことを集合論の言葉を使って正確に表現してみよう。
 数とは計数機構の状態の集合である。状態とはその機構の有様であり、各状態は明確に識別できる。ある状態が与えられたとき計数機構を操作して次の状態と呼ばれる元の状態とは異なる状態を一意的に作り出すことができる。
 状態a ∈ に対してその次の状態をφ(a) ∈ と書くことにすると、
φ : longrightarrow , a longmapsto φ(a)
は写像となる。
 状態には零と呼ばれる特別な状態0 ∈ が存在する。0が他の状態と異なるのは、0とは異なる状態a ∈ はすべて前の状態と呼ばれる状態φ-1(a) ∈ が一意的に存在し、
φ(φ-1(a)) = a
が成り立つのに対し、0には前の状態が存在しないという点である。
 個体の集まりを計る視点から考えると0は無を表わし、φ(0)は個体が単独で存在する状態を表わす。これを単位といい、記号1で表わす。
 これらに数学的帰納法の原理を加えたものが現代数学における自然数の定義である。このような自然数の集合論的な定義は1887年にデデキントが発表したものであるが、その後、ペアノが自然数の公理として提案したためペアノの公理と呼ばれている。

定義3 ペアノの公理

 自然数とは次の公理を満たす集合である。
(N1) 0 ∈ .
(N2) 写像φ:が存在する.
(N3) φは単射である。i.e. ∀a,b∈, a≠b ⇒ φ(a)≠φ(b).
(N4) 0 ∉ φ().
(N5) 0 ∈ M ⊂ , φ(M) ⊂ M ⇒ M = .
 数学的帰納法の原理(N5)については後に説明する。
 数は人間がある機構を使って作った計数システムを抽象化したものであり、その実装にはさまざまな形態がある。ここでは日本人に馴染み深いそろばんを使った計数機構の例を示す。
 下の動画ではそろばんによる状態の表現と共にその状態の名前を表わす記号が表示され、0から順番に状態が遷移する様子を示す。
0 → φ(0) → φ(φ(0)) → φ(φ(φ(0))) → φ(φ(φ(φ(0)))) → φ(φ(φ(φ(φ(0)))))
 ペアノの公理の(N5)が数学的帰納法の原理と呼ばれる理由を説明する。
 自然数nに関する命題P(n)があるとする。これについて
(1) P(0)は成り立つ。
(2) P(n)が成り立つならばP(φ(n))も成り立つ。
ということがわかっていると仮定する。このとき、
M { a ∈ | P(a)は成り立つ }
とおくと、0 ∈ Mかつφ(M) ⊂ Mが満たされるから(N5)よりM = となる。つまり、すべての自然数nについてP(n)が成り立つことになる。これを定理としてまとめる。

定理1 数学的帰納法

P(n)を自然数nに関する命題とする。このとき、
(1) P(0)は成り立つ。
(2) P(n)が成り立つならばP(φ(n))も成り立つ。
が成り立てば、すべての自然数nについてP(n)は成り立つ。
 自然数という無限集合に対して成り立つ命題を、有限的な手段で証明するための原理が数学的帰納法である。自然数に関する命題はほとんどすべてこの原理によって証明されるといっても過言ではない。
 自然数を公理的に定義したが、この存在と一意性についてはやや長く面倒な議論になるのであらすじだけ述べることにする。まず無限集合というのはそれ自身の真部分集合と一対一に対応する集合として定義される。そうすると次の命題が証明できる。

命題2

 無限集合が存在すれば自然数は存在する。
 この定理から無限集合が存在することがいえれば自然数の存在が証明されることがわかる。しかし、これは証明できる性質の問題ではないと考えられていて、現代数学では集合論の公理として与えられているものである。したがって、この立場では

定理3

 自然数は存在する。
という定理が成り立つ。
 次に一意性について考える。(,0,φ)(',0',φ')がともに自然数の公理を満たしたとしよう。このとき、写像f:'を、まずf(0) 0'とし、f(n)が定義されたとき、
f(φ(n)) φ'(f(n))
と定める。数学的帰納法によりすべての自然数nに対してf(n)が定義される。同じように写像g:'→を定義することができて、fgは互いに逆写像になる。これにより'は一対一に対応することがわかる。この対応は
0
longrightarrow
φ(0)
longrightarrow
φ(φ(0))
 
 
0'
longrightarrow
φ'(0')
longrightarrow
φ'(φ'(0'))
というようにφφ'による状態遷移をそのまま保つ。このような性質を持つ写像f,gが上で定義したものしかないということも容易に証明することができる。
 一対一写像により
(1) 00'が対応する
(2) 一個加えるという操作が対応する
ことから、計数システムとして考えると(,0,φ)(',0',φ')で同じものを数え上げたときにそれらの結果は一対一写像で対応することがわかる。これは次のように表現できる。

定理4

 すべての計数システムは本質的に同等である。
あるいはこれを次のように言い換えることができる。

系5

 自然数は本質的に唯一つしか存在しない。
 自然数の定義では数に対する操作として次の状態への遷移しか与えられていない。ここでは加法と乗法を導入する。
 まず、次の補題を証明する。

補題6

0でない任意の自然数nに対してnで定まるφの合成写像φnが一意的に存在して次が成り立つ。
(1)
n = φn(0)

証明

 数学的帰納法を使うためにこれを「任意の自然数nに対してφ(n)で定まるφの合成写像φφ(n)が一意的に存在してφ(n) = φφ(n)(0)が成り立つ」と書き換える。n = 0のとき
φ(0) = φφ(0)(0) = φ(0)
よりφφ(0) = φである。n ∈ に対して
φ(n) = φφ(n)(0)
と仮定すると、
φ(φ(n)) = φ(φφ(n)(0))
であり、φφ(φ(n)) = φ∘φφ(n)となることがわかる。したがって数学的帰納法により証明された。■
 ここで、φ0を恒等写像id:と定義すると任意の自然数nに対してn = φn(0)と考えることができる。

定理7 自然数の加法

 任意の自然数a,b ∈ に対して、それらの加法を
a + b φa∘φb(0)
により定義すると、自然数はこの加法に関して零元を持つ半加群となる。すなわち次が成り立つ。
(零元) 任意の元a ∈ について、a + 0 = 0 + a = a
(可換律) 任意の二元a,b ∈ について、a + b = b + a
(結合律) 任意の三元a,b,c ∈ について、(a + b) + c = a + (b + c)

証明

 合成写像の性質より。■
 この加法は一個加える操作と整合性がある唯一のものである。すなわち、次を証明することができる。

定理8 自然数の加法の一意性

 上の加法は次の性質を満たす唯一のものである。
(1) 任意の元a ∈ について、a + 1 = φ(a)
(2) 任意の元a,b ∈ について、a + φ(b) = φ(a + b)

定理9 自然数の乗法

 任意の自然数a,b ∈ に対して、それらの乗法を
ab a)b(0)
により定義する。ここでa)bは合成写像φbにおけるφφaを代入したものである。自然数はこの乗法に関して単位元を持つ可換半群となる。すなわち次が成り立つ。
(単位元) 任意の元a ∈ について、a1 = 1a = a
(可換律) 任意の二元a,b ∈ について、ab = ba
(結合律) 任意の三元a,b,c ∈ について、(ab)c = a(bc)
さらに単位元を持つ可換半環となる。すなわち次が成り立つ。
(分配律) 任意の三元a,b,c ∈ について、a(b + c) = ab + ac

証明

 合成写像の性質より。■
 この乗法は一個加える操作と整合性がある唯一のものである。すなわち、次を証明することができる。

定理10 自然数の乗法の一意性

 上の乗法は次の性質を満たす唯一のものである。
(1) 任意の元a ∈ について、a0 = 0
(2) 任意の元a,b ∈ について、aφ(b) = ab + a
 ここではどの二つの自然数も比較できること、すなわち等しいか大きいか小さいかが定まること、二つの数の差が一意的に定まること、そして加法に関する簡約律が成り立つことについて述べる。これは我々が普段行なっている数の計算がすべてペアノの公理から導かれる性質に基づいているということを示すことを目的としている。
 除法の定義や乗法に関する簡約律も同様であるが、ここでは省略する。

命題11 自然数の可差性

 任意の自然数a,b ∈ に対して、 次のいずれか一つが成り立つ。
(1) a = b + cなるc ≠ 0が存在する。
(2) a = b
(3) b = a + cなるc ≠ 0が存在する。
このような半加群を可差半加群という。

証明

 まずどの二つも両立しないことを示す。(1),(2)が両立するとa = a + cとなるが、これはa = 0のとき成り立たない。a = nのとき成り立たないと仮定する。n ≠ n + cより
φ(n) ≠ φ(n + c) = φ(n) + c
が成り立ち、数学的帰納法より矛盾する。よって(1),(2)は両立しない。同様にしてどの二つも両立しないことが示せる。
 次に任意の自然数bを固定したとき、(1),(2),(3)のいずれかが成り立つ自然数a全体の集合をAとする。0 ∈ Aである。a ∈ Aとすると(1),(2),(3)のいずれかが成り立つ。例えば
a = b + c, c ≠ 0
とすると、
φ(a) = φ(b + c) = b + φ(c), φ(c) ≠ 0
であるからφ(a) ∈ Aである。数学的帰納法よりA = となる。(2),(3)の場合も同様である。■
 この可差性から自然数に順序を定義することができる。

定義4 順序

 集合における任意の二元の関係が次の性質を満たすとき、その関係を順序という。
(反射律) 任意の元aについてa ≦ a
(反対称律) 任意の二元a,bについてa ≦ b, b ≦ a ⇒ a=b
(推移律) 任意の三元a,b,cについてa ≦ b, b ≦ c ⇒ a ≦ c
さらに
(全順序) 任意の二元a,bについてa ≦ bまたはb ≦ a
を満たすとき、その関係を全順序という。
a ≦ bかつa ≠ bのときa < ba ≧ bかつa ≠ bのときa > bと書く。
 可差半加群において、
(1) or (2) ⇒ a ≦ b
(2) or (3) ⇒ a ≧ b
と定めると順序になる。これにより可差半加群は全順序集合となり、次のような強い性質を持つ。

命題12 可差半加群における順序の単調性

 可差半加群の順序には次の性質がある。
(単調性) 任意の三元a,b,cについてa < b ⇒ a + c < b + c

証明

a=b+rとするとa+c=(b+r)+c=b+(r+c)=b+(c+r)=(b+c)+rであるからa + c < b + c。■

定義5 順序半加群

 単調性がある順序をもつ半加群を順序半加群という。
 順序半加群では次のような計算法則が成り立つ。

命題13 順序半加群の計算法則

 順序半加群において、次が成り立つ。
(1) 任意の四元a,b,c,dについてa < b, c < d ⇒ a + c < b + d
(2) 任意の三元a,b,cについてa = b ⇔ a + c = b + c
(3) 任意の三元a,b,cについてa < b ⇔ a + c < b + c

証明

(1) 定義より、a + c < b + c, c + b < d + b
(2) は集合の元として同じものを別の記号で表していることから。
a < b, b < aのどちらを仮定しても単調性より矛盾が生ずることから。
(3) は定義より。b < aを仮定すると単調性より矛盾が生じ、a = bを仮定すると(4)より矛盾が生ずることから。■
 上の(2) ⇐の性質は加法における簡約律と呼ばれるが、これにより差の一意性が導かれる。

系14 順序半加群における差の一意性

 順序半加群の二元a,bについてa = b + cとなるcが存在すれば、それは一意的に定まる。このときc a - bと定める。
 ここまでの議論で可差半加群においては減法が定義できることがわかった。簡約律が成り立ち、減法が定義されると移項ができるようになる。すなわち、a > b, a > cのとき次が成り立つ。
a = b + c ⇔ a - b = c
[1] デーデキント, 数について―連続性と数の本質, 岩波書店, 1961
img
 
 
[2] デデキント, 数とは何かそして何であるべきか, 筑摩書房, 2013
img
 
 
[3] 足立 恒雄, フレーゲ・デデキント・ペアノを読む, 日本評論社, 2013
img
 
 
[4] 彌永 昌吉, 数の体系 (上), 岩波書店, 1972
img
 
 
[5] 彌永 昌吉, 数の体系 (下), 岩波書店, 1978
img
 
 
[6] H.D.エビングハウス, 数 (上), 丸善出版, 2012
img
 
 
[7] H.D.エビングハウス, 数 (下), 丸善出版, 2012
img
 
 
[8] 梅谷 武, 整数論事始, pisan-dub.jp, 2011
[9] 梅谷 武, 幾何学事始, pisan-dub.jp, 2011
Published by SANENSYA Co.,Ltd.