8.2節 放射線計数
著者:梅谷 武
語句:検出効率,検出限界
放射線計数の誤差について述べる。放射線計数はPoisson分布P(λ)と正規分布N(λ,λ)の両方に従うと考えることができる。
作成:2012-03-10
更新:2021-04-04
 崩壊定数がλ > 0であるような原子核の崩壊数を放射線計数検出器により測定することを考える。異なる崩壊定数の原子核が混在する場合においても、Poisson分布の再生性により、以下の議論は有効である。
6.1節 Poisson過程により、N(t)を時刻tまでの崩壊数とすると{N(t)}t ∈ [0,∞)はPoisson過程であり、N(t)はPoisson分布P(λt)に従い、次の性質をもつ。
(ⅰ) 任意の0 ≦ t1 < t2 < ⋯ < tkに対して、{N(tk)-N(tk-1)}1≦k≦nは独立。
(ⅱ) 任意の0 ≦ s < tに対して、N(t)-N(s)はPoisson分布P(λ(t-s))に従う。
 原子核が初期状態でN0個あるとすると、Poisson分布の再生性より一定時間Tで崩壊する個数はPoisson分布P(N0λT)に従う確率変数となる。
 一般に計数検出器はある一定割合しか検出することができない。この割合を検出効率けんしゅつこうりつ, detection efficiencyk(0<k<1)という。この検出器を使って、一定時間Tn回繰り返し計数を測定するとき、その各計数Xi, i = 1,⋯,nはPoisson分布P(N0kλT)に従う独立な確率変数となる。このN0kλTを改めてλとおき、各XiはPoisson分布P(λ)に従うものとする。この場合のλは崩壊定数としての意味を失い、計数の平均値という意味をもつ。
 通常の場合、λ ≧ 30と仮定しても差し支えない。したがって、Poisson分布P(λ)は正規分布N(λ,λ)で近似することができるため、Gaussの誤差論を適用することができる。
 一定時間Tで一回測定して得られた計数Nからその分布を推定するには、N ∼ λとし、正規分布N(λ,λ)に従うと考える。σ2 ∼ Nより、σ ∼ Nである。
 放射線計数の測定においては、通常、その結果を(測定値)±(標準偏差)の形で示す。この区間に真の平均値を68%の確率で含む。

測定値と標準偏差

N ± N
 一定時間Tでn回測定して得られた計数をNi, i=1,⋯,nとすると、それらの標本平均
m
N1 + ⋯ + Nn
n
は正規分布N(m,m/n)に従う。

測定値と標準偏差

m ±
m
n
 背景放射がある環境では、一定時間Tで線源+背景の計数N1と背景の計数N2を測定し、その差N1-N2で線源の計数を求める。

測定値と標準偏差

N1-N2 ± N1+N2
 一定時間Tで一回測定して得られた計数Nから計数率を求める。

測定値と標準偏差

N
T
±
N
T
 一定時間Tで一回測定する場合と、Tn等分してn回測定し、その平均をとる場合とで計数率の標準偏差の大きさを比較してみる。
n等分した一回の測定結果は
N
n
±
N
n
n回平均をとると
N
n
±
N
n
この計数率は
N
T
±
N
T
となり、標準偏差は等しい。
 したがって同じ時間で測定する場合、一回測定とn回平均では標準偏差は同じと考えてよい。n = 20程度に分割すれば、χ2適合度検定を同時に行なうことができる。
X,Y > 0を独立した正規分布に従う確率変数とし、
Z
X
Y
> 0
に誤差伝播の法則を当てはめると
σZ2 = lb48
∂f
∂x
rb48
2
σX2 + lb48
∂f
∂y
rb48
2
σY2 = lb48
1
Y
rb48
2
σX2 + lb48
X
Y2
rb48
2
σY2
より
σZ2
Z2
=
σX2
X2
+
σY2
Y2
よって
σZ = Z lb48
σX2
X2
+
σY2
Y2
rb48
1/2
が成り立つ。
 二つの線源を一定時間Tで測定して得られた計数をN1, N2とすると、比
R
N1
N2
の分散σRは次のようになる。
σR =
N1
N2
lb48
N1 + N2
N1N2
rb48
1/2

測定値と標準偏差

N1
N2
±
N1
N2
lb48
N1 + N2
N1N2
rb48
1/2
検出限界けんしゅつげんかい, limit of detectionとは、ある計数系に対する信頼して検出できる最小量のことである。この具体的な定義についてはさまざまな考え方があるが、ここではL.A.Currieによる検出限界値の計算法について述べる。
 ある計数系について、試料+背景と背景を同じ時間だけ計数した結果をそれぞれNT, NBとする。試料の計数値は
NS = NT - NB
となる。試料+背景と背景の標準偏差をそれぞれσT, σBとすると、 試料の標準偏差σS
σS = σT+σB
となる。
 この場合、NTNBの分布は同じと考えられるからNSは正規分布N(0,2σB)に従うと考えられる。この分布の95%信頼区間の上側限界値
LC 1.645σS = 2.326σB
を放射能が存在するかしないかの閾値と定める。
 この場合、検出できる最小量NDの分布は、背景NBに比べてかなり小さいと仮定すれば、分散は同じと考えてよいから
σS = 2σB
となる。ここでNDが検出できる最小量であることを、その95%信頼区間の下側限界値がLCと一致することと考える。そうすると
ND = LC + 1.645σS = 4.653σB
となる。このNDが検出限界である。

検出限界

ND = 4.653σB
[1] Glenn F.Knoll, 放射線計測ハンドブック, 日刊工業新聞社, 2001
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[2] 上本 道久, 検出限界と定量下限の考え方, ぶんせき, pp.216-221, 2010-5
自  然
検出効率 けんしゅつこうりつ, detection efficiency
検出限界 けんしゅつげんかい, limit of detection