2.1 四元数
著者:梅谷 武
語句:四元数,スカラー,ベクトル,共役,テンソル,三次元単位球面,ベルソル,ベクトル比,比例,極形式
古典幾何を基礎とするハミルトン流の四元数論をなるべく忠実に再現する。ハミルトンの記法にはやや違和感があるが、演算子を被演算子の前に記述するいわゆるポーランド記法であり、プログラミング言語で扱いやすいためそのまま踏襲する。
作成:2010-05-31
更新:2021-04-25
アフィン空間(U,V3)、V3の正規直交基底(i,j,k)、アフィン標構(O;i,j,k)が与えられているとして議論を進める。
任意の四元数
qをスカラーとベクトルの組として次のように表現する。
α=(x,y,z)と座標表現する場合は、
と記す。
自然な射影
S,Vが次のように定義される。
S:ℍ → ℝ,
q = w + α ↦ Sq = w
|
V:ℍ → V3,
q = w + α ↦ Vq = α
|
四元数
q = [w, (x,y,z)]のノルムを
で定義することにより、
ℍはノルム空間となる。ハミルトン流では、ノルムを
テンソルてんそる, tensorTと呼ぶ。
q∈ℍ, w∈ℝ, α∈V3について次が成り立つ。
α, β ∈ V3について、その四元数としての積を次のように定義する。
内積は対称性をもち、ベクトル積は交代性をもつことから次が成り立つ。
零でないベクトル
αについて、
α | | | | = 1
|
が成り立つことから、積に関する逆元は次のようなベクトルになる。
ベクトル空間
V3の正規直交基底間の積は次の性質を満たす。
一般の四元数の積は分配律が成り立つように定義する。
a,b ∈ ℍを
a = w1 + x1 i + y1 j + z1 k,
w1,x1,y1,z1 ∈ ℝ
|
b = w2 + x2 i + y2 j + z2 k,
w2,x2,y2,z2 ∈ ℝ
|
と表現すると、
| | (w1 + x1 i + y1 j + z1 k)
(w2 + x2 i + y2 j + z2 k) |
|
| | (w1w2 - x1x2 - y1y2 - z1z2) + (w1x2 + x1w2 + y1z2 - z1y2)i |
|
| | (w1y2 - x1z2 + y1w2 + z1x2)j + (w1z2 + x1y2 - y1x2 + z1w2)k |
|
上の
aに対して、その共役
Kaは
Ka = w1 - x1 i - a2 j - z1 k
|
となるから
| | (w12 + x12 + y12 + z12) + (-w1x1 + x1w1 - y1z1 + z1y1)i |
|
| | (-w1y1 - x1z1 + y1w1 - z1x1)j + (-w1z1 - x1y1 + y1x1 + z1w1)k |
|
| | w12 + x12 + y12 + z12 = (Ta)2 |
|
により
aの逆元が求まる。
四元数
ℍは
ℝ上の多元環であり、
0でない元は単元である。特に結合律を満たすが、可換律は満たさない。
四元数の積が可換でないことから、
であることに注意しなければならない。ベクトル比の合成を計算するにあたっては通常の算術的直感を排除する必要がある。
ベクトル比
β:α, α∦βが与えられたとき、二つのベクトルを原点
Oを始点とする有向線分で描き、
αから
βへ反時計回りに向う角度
θが
πより小さくなるように、
α,βによって生成される平面を紙面と一致させる。
| | |
| | |
| | |
| | T | |
| | | |
|
ここで、
UVβ/αは紙面垂直上方に向うベルソルであり、
β/αの軸と呼ばれる。最後の極形式表現により、ベクトル比はこの軸と角度
θ、線長比
Tβ/Tαによってのみ定まることがわかる。以後、角度
θを
と書くことにする。
二つのベクトル比が
比例ひれい, proportionすることは、各ベクトル比を構成する二つのベクトルが生成する三角形が、同一平面上にあり向きを含めて相似であることと同等である。
次にベクトル比が引き起こす変換について考える。
零でない二つのベクトル
α,β∈V3, α∦βが与えられたとき、
βαβ-1は
α,βによって生成される
V3内の平面上、
αの
βを含む直線に関する鏡像になっている。
証明
Sβαβ-1 = Sαβ-1β = Sα =
0より
βαβ-1はベクトルであり、
Tβαβ-1 = TβTαTβ-1 =
Tαより長さが等しく、
βαβ-1 + α = β(αβ-1 + β-1α) =
β ∙ 2Sαβ-1
|
より、
βαβ-1は
α,βによって生成される平面上にあり、
Sβαβ-1β=Sβα=Sαβより、
βに対する角度が等しいことから結論が従う。■
零でない二つのベクトル
α,β∈V3, α∦βが与えられたとき、その比
β:αは
α,βによって生成される
V3内の平面上の
αを
βに写す線形変換を引き起こす。またこの平面上にないベクトル
γの像
(β:α) γはベクトルにはならない。
証明
| (sα + tβ) =
sβ + t | | βαβ-1,
s,t ∈ ℝ
|
■
ベクトル比
β:α, α∦βが与えられたとき、それを極形式表現し、その軸を
ν = UVβ/α、角度を
θ = ∠ β/α、大きさを
r = Tβ/αとおく。
垂直上方向の軸
νに垂直な平面上の任意のベクトル
γにそのベクトル比を左から作用させる。
νγは
νを軸として
γを90度回転させたものであるから、この作用は
γを軸
νに関して反時計回りに
θだけ回転させて
r倍の伸縮を行なう、この平面上の向きを変えない相似変換である。
ベクトル比の左からの作用は、その軸
νに垂直な平面上で反時計回りに
θの回転と
r倍の伸縮の向きを変えない相似変換を引き起こす。
軸
νに垂直な平面上の任意のベクトル
γにそのベクトル比を右から作用させる。
γ | | =
r(cosθ ∙ γ + sinθ ∙ γν)
|
γν = - νγであるから、回転が時計回りになる。
ベクトル比の右からの作用は、その軸
νに垂直な平面上で時計回りに
θの回転と
r倍の伸縮の向きを変えない相似変換を引き起こす。
ベクトル比の共役を左から作用させると
K | | γ =
r(cosθ ∙ γ + sinθ ∙ -νγ)
|
となり右からの作用と同じ変換になる。
ベクトル比の共役の左からの作用は、その軸
νに垂直な平面上で時計回りに
θの回転と
r倍の伸縮の向きを変えない相似変換を引き起こす。
共役の右からの作用は左からの作用と同じ変換になる。
ベクトル比の共役の右からの作用は、その軸
νに垂直な平面上で反時計回りに
θの回転と
r倍の伸縮の向きを変えない相似変換を引き起こす。
最後に任意の零でなくスカラーでもない四元数
qがベクトル比として表されることを示す。
ここで、ベルソル
Uqを次のように書くことができる。
Uq = a + b ∙ ν,
a2 + b2 = 1, b > 0, Tν = 1
|
ここで、ベルソル
ν = UVqは
bを正にする条件により一意的に定まる。このとき、
0 < θ < πなる
θ = ∠qが一意的に定まり、
と書くことができる。したがって、
と極形式に表現することができる。
軸
UVqに垂直な平面上のベクトル
αを任意に選び、それを
∠qだけ回転させて、
Tq倍の伸縮を行なった結果を
βとすれば、
と書くことができる。
零でないスカラーを平行なベクトル比と考えれば次のように主張することができる。
[
1] 梅谷 武,
幾何学事始, pisan-dub.jp, 2009
数 学
四元数 しげんすう, quaternion
スカラー すからー, scalar
ベクトル べくとる, vector
共役 きょうやく, conjugate
テンソル てんそる, tensor
三次元単位球面 さんじげんたんいきゅうめん,
3 dimensional unit sphere
ベルソル べるそる, versor
ベクトル比 べくとるひ, vector ratio
比例 ひれい, proportion
極形式 きょくけいしき, polar form