7.2節 四元数の基礎
著者:梅谷 武
語句:四元数, 多元環, 虚部, 実部
四元数を定義し、その基本的性質について述べる。
作成:2009-09-24
更新:2021-03-28
これまでに実数とは直線上のベクトル比であり直線上の相似変換を定め、複素数とは平面上のベクトル比であり平面上の相似変換を定めることを見てきました。そしてこのことを、実数とは直線比例のことであり、複素数とは平面比例のことであると言い表しました。
彼は複素数が平面とみなせるように、空間を四元数に埋め込み、空間の点をベクトルと呼び、四元数上に物理学を構築することに異常なまでの執念を燃やしました。しかし、彼とその学派の偏狭で硬直した活動は多くの数学者の反感を買うことになり、当時のアカデミズムに受け入れられることはありませんでした。ところが20世紀の終わりになって、SO(3)を特異点無しで被覆できることや、行列よりも計算が簡略化できることから、実用的な計算技法として四元数が見直され、おもに宇宙船の姿勢制御やコンピュータグラフィックスの分野を中心にして広まっていくことになりました。
ここではハミルトンの発想に基づいて、四元数で立体幾何の変換群論的な側面を記述してみます。
四元数
ℍとは
e,i,j,kという四つの基底から生成される一次元実線形空間の直和
として定義されます。線形空間としての和と比例倍の他に積をもつことが数と呼ばれる所以です。積は線形構造に合わせて分配律が成り立つように定義されますが可換律は成り立ちません。
eは単位元として機能しますが、混乱を避けるために複素数の場合のように1とは書きません。ℝeの元は実数ではなく、あくまでも四元数と考えます。
基底間の積を以下の規則で定義します。
一般の元の積は分配律で展開します。
a,b ∈ ℍを
a = a0 e + a1 i + a2 j + a3 k,
a0,a1,a2,a3 ∈ ℝ
|
b = b0 e + b1 i + b2 j + b3 k,
b0,b1,b2,b3 ∈ ℝ
|
と表現するとき次のように展開されます。
| | (a0 e + a1 i + a2 j + a3 k)
(b0 e + b1 i + b2 j + b3 k) |
|
| | (a0b0 - a1b1 - a2b2 - a3b3)e + (a0b1 + a1b0 + a2b3 - a3b2)i |
|
| | (a0b2 - a1b3 + a2b0 + a3b1)j + (a0b3 + a1b2 - a2b1 + a3b0)k |
|
上の
aに対して、その共役
aを
a = a0 e - a1 i - a2 j - a3 k
|
と定義すると
| | (a02 + a12 + a22 + a32)e + (-a0a1 + a1a0 - a2a3 + a3a2)i |
|
| | (-a0a2 - a1a3 + a2a0 - a3a1)j + (-a0a3 - a1a2 + a2a1 + a3a0)k |
|
| | |
となりますから、四元数
ℍのノルムを
| := √a02 + a12 + a22 + a32
|
で定義すれば
が成り立ち、
aの逆元が求まります。
四元数の積を定義どおりに手計算するのは大変なので、ここでは行列環に埋め込んで計算する技法について考えます。
Mat(ℍ)が加法と比例倍に関して閉じていることはすぐにわかります。行列の乗法に関して閉じていることも積を計算するとわかります。
上の行列要素で
(⋯)-は括弧内の共役を意味しています。
Mat(ℍ)の元の行列式は
であり、これが
0になるのは零行列の場合だけですから、零因子をもちません。
証明
は基底間の積規則を満たし、
Mat(a0 e + a1 i + a2 j + a3 k) |
| | |
| | a0 E2 + a1 I + a2 J + a3 K |
|
と展開することができることから、行列環の分配律により双方の乗法が同等であることがわかる。■
一般に可換体
K上の線形空間
Aに積が定義され、その積に関して環を成し、さらに次の性質を満たすとき、
Aは
K上の
多元環たげんかん, algebraであるといいます。
(λ a)b = λ (ab) = a(λ b), λ ∈ K, a,b ∈ A
|
行列環
M(2,ℝ),M(2,ℂ)は
ℝ上の多元環になっています。
四元数
ℍは
Mat(ℍ)と同型な
ℝ上の多元環であり、
0でない元は単元である。特に結合律を満たすが、可換律は満たさない。
証明
略■
空間
(U,V3)に正規直交座標系
(O;e1,e2,e3)が与えられているとしましょう。このとき、空間に付随するベクトル空間
V3と
Im ℍを自然な線形同型写像によって同一視するというのがハミルトンの発想です。これは形式的に次のように基底を置き換える操作に他なりません。
ベクトル空間
V3上に定義されたノルム、内積、外積、ベクトル積もすべてそのまま導入します。特にノルムと内積は四次元実線形空間の部分空間としてのノルムと内積に一致します。
これによって
Im ℍは空間に付随するベクトル空間とみなされ、その元はベクトルと呼ばれます。ベクトルの積を計算してみましょう。
a = a1 i + a2 j + a3 k,
b = b1 i + b2 j + b3 k
|
とすると
| | |
| | + (a2b3 - a3b2)i
+ (a3b1 - a1b3)j
+ (a1b2 - a2b1)k |
|
| | |
となり
が成り立っていることがわかります。
Im ℍは積に関して閉じていなくて、実部に余りが出ますが、その余りがちょうど内積の符号反転したものになり、虚部はベクトル積に一致します。
(7.7) | a b = -〈a, b〉e + a × b,
a,b ∈ Im ℍ
|
|
これを利用すると一般の四元数積も見易く表示できます。
(7.8) | | | ( Re(a)Re(b) -
〈 Im(a), Im(b) 〉 ) e |
|
| | | + Re(a)Im(b)
+ Re(b)Im(a)
+ Im(a) × Im(b)
|
|
この性質を使うと積の共役に関する重要な性質が出てきます。
証明
略■
この性質は四元数が数であることを実感させてくれます。一般に行列のノルムではこれは成り立ちません。
[
4] L.S.ポントリャーギン,
数概念の拡張, 森北出版, 1995
[
5] H.D.エビングハウス,
数 (上), シュプリンガー・フェアラーク東京, 1991
[
6] H.D.エビングハウス,
数 (下), シュプリンガー・フェアラーク東京, 1991
註 釈
*1 | ベクトルという言葉は1845年にハミルトンが最初に使った。 |
人 物
ウィリアム・ローワン・ハミルトン Hamilton, William Rowan, 1805-1865
数 学
四元数 しげんすう, quaternion
多元環 たげんかん, algebra
虚部 きょぶ, imaginary part
実部 じつぶ, real part