6.6節 運動幾何
著者:梅谷 武
語句:回転群, 運動群, 部分空間, 直交補空間, オイラー角, ジンバルロック, ヨー, ピッチ, ロール
空間の運動群の構造を決定し、オイラー角による回転の表現について述べる。
作成:2009-09-17
更新:2021-03-28
行列式
detを直交群
O(3)から乗法群
ℝ×への群準同型写像と考えます。
det : O(3) ℝ×,
A det A
|
直交群の元
Aは合同変換ですから、特に等積変換です。したがって
det A = 1であり、その像は
という離散集合になります。この写像の核は回転群
SO(3) := {
A ∈ GL(3,ℝ) | tA A = A tA = E3, det A = 1
}
|
となり、直交群は次のように剰余類に分解されます。
O(3) = SO(3) ∪
| | | |
SO(3)
|
後に
SO(3)が弧状連結であり、直交群の単位元を含む連結成分であることが示されます。この分解に出てくる鏡映変換によって生成される位数2の鏡映群を
Ref(3)と書くことにすれば、直交群は鏡映群と回転群の直積に分解することができます。
直交群
O(3)は鏡映群
Ref(3)と回転群
SO(3)の直積である。
空間(U,V3)において正規直交座標系(O,e1,e2,e3)を固定して考えます。
回転群
SO(3)の任意の元
Aについて、
| | det t(A - E3) = det (tA - E3) |
|
| | det (A-1 - E3) = det A-1 det (E3 - A) |
|
| | det (- E3) det (A - E3) = - det (A - E3) |
|
より、
つまり、
A - E3は正則ではありませんから、
となる
0でないベクトル
x ∈ V3が存在します。
とおくと
A e1' = e1'が成り立ちます。
e1'が生成する部分空間を
V := ℝ e1'とすると、
と直和分解できます。直和分解とは任意の元
x ∈ V3が、
と一意的に分解できることをいいます。このとき回転
Aも
A x = A v + A w,
A V ⊂ V, A V⊥ ⊂ V⊥
|
と分解されます。
V⊥は
e1'に属する有向線分に直交する平面上にある有向線分
の同値類ですから、その平面上のベクトル
e2',e3'を選んで、
(e1',e2',e3')が正規直交基底となるようにすることができます。
このとき、
Aを新しい座標系で表現すると、
となります。ここで、
より、
Aの
V⊥への制限は
SO(2)の元であり、結局
Aは
θ ∈ [0,4∠R)によって
R1(θ) :=
| | | |
|
と表現されることがわかります。つまり、
Aは
e1'を軸とする二次元的な回転になっています。
空間
(U,V3)において正規直交座標系
(O,e1,e2,e3)を固定し、回転群
SO(3)の任意の元
Aについて、
e1' := A e1, e2' := A e2, e3' := A e3
|
と置きます。
e3'が
e3となす角を
θ ∈ [0,2∠R]とします。
θ = 0のとき、
Aは
e3を軸とする回転ですから、
A = R3(ψ) :=
| | | | ,
ψ ∈ [0,4∠R)
|
と書くことができます。
0 < θ < 2∠Rのとき、
e3'を
e3を軸とする負方向の回転によって
e2,e3が生成する平面上、
e2の負方向に写します。
e' := R3(-ψ) e3', ψ ∈ [0,4∠R)
|
さらに、
e'を
e1を軸とする負方向の回転によって
e3に一致させます。
e3 = R1(-θ) e', ψ ∈ [0,4∠R)
|
これにより、
が成り立ち、
R1(-θ) R3(-ψ) Aは
e3を軸とする回転であることがわかります。したがって、
R1(-θ) R3(-ψ) A = R3(φ),
φ ∈ [0,4∠R)
|
と書くことができ、
が成り立ちます。
θ = 2∠Rのとき、上で
ψ = 0と考えると
A = R1(2∠R) R3(φ) = R3(φ)
|
が成り立ちます。
結局、次の定理が証明できました。
ここで
θ = 0もしくは
θ = 2∠Rを代入すると
| | | cos ψ cos φ - sin ψ sin φ |
| -cos ψ sin φ - sin ψ cos φ |
| | sin ψ cos φ + cos ψ sin φ |
| -sin ψ sin φ + cos ψ cos φ |
| | | | |
| |
|
| | |
となり、
ψと
φにどんな値を代入しても、第3軸の回転にしかなりません。これが慣性航法システムにおける
ジンバルロックじんばるろっく, gimbal lockと呼ばれる現象の数学的な意味です。オイラー角表現は一意的ではなく、回転軸の選び方はさまざまですが、どの場合においてもこのような特異点が存在します。これはオイラー角表現が特異点の近傍で
SO(3)と局所同相になっていないことが原因です。後に
SU(2)から
SO(3)への被覆写像により、特異点を持たない回転の表現を与えます。
SU(2)の元は絶対値が
1の四元数と同じものです。
オイラー角表現は連続写像
[0,4∠R) × [0,2∠R]
× [0,4∠R) SO(3)
|
(ψ, θ, φ) R3(ψ) R1(θ) R3(φ)
|
を定めますが、これは全射で、弧状連結領域の連続像は弧状連結になることから
SO(3)は弧状連結であり、これにより空間の運動群が決定されました。
空間における運動群
Motion(U)は、平行移動群
Trans(U)に内部自己同型によって回転群
SO(V3)を作用させた半直積に同型である。
Motion(U) ≅
Trans(U) ⋊ SO(V3)
|
オイラー角表現は特異点により、ジンバルロックのような障害が発生する可能性があるものの、回転の表現法としては実用上重要な役割を担っています。ここでは、飛行機等の姿勢制御で使われるヨー・ピッチ・ロールによる表現について、ゲーム用CGデータ標準であるCOLLADA形式やそれを採用している地理情報マークアップ言語KMLに準拠し、リファレンスとして使えるように整理しておきます。
ヨーは「heading」というタグで表され、その値ψは負方向の角度で範囲は-180 < ψ < 180[度]、規定値は0です。
ピッチは「tilt」というタグで表され、その値θの負方向の角度で範囲は-90 < θ < 90[度]、規定値は0です。
ロールは「roll」というタグで表され、その値φの負方向の角度で
範囲は-180 < φ < 180[度]、規定値は0です。
座標軸は右手系のX-Y-Zで表現され、地球表面上の極点以外の点における局所座標系を表しており、X-Y平面が水平面、Z軸が鉛直方向の上方向、Y軸は北方向、X軸は東方向に対応しています。
変換はヨー・ピッチ・ロールの順に行われます。CGモデルを仮想空間に配置する場合にはこの順番がもっとも人間の感覚に合っていますが、他の用途では必ずしもこの順番がいいとは限りません。
この式を利用する場合は、COLLADA形式では角度の方向が負であることに注意してください。データ値の符号を反転し、弧度法に変換する前処理が必要です。
[
1] 山内 恭彦, 杉浦 光夫, 連続群論入門, 培風館, 1960
[
2] 横田 一郎,
群と位相, 裳華房, 1971
数 学
部分空間 ぶぶんくうかん, subspace
直交補空間 ちょっこうほくうかん, orthogonal complement
オイラー角 おいらーかく, Euler's angles
ジンバルロック じんばるろっく, gimbal lock
ヨー よー, yaw
ピッチ ぴっち, pitch
ロール ろーる, roll