2.1節 有向線分とベクトル
著者:梅谷 武
語句:有向線分, ベクトル, ベクトル空間, 等質空間, 正則, 一般線形群
有向線分の同値類としてベクトルを定義し、ベクトル空間が加法群として平面に推移的に作用することを示す。また直線上のベクトル比は直線上の相似変換であり、その全体は直線に付随するベクトル空間上の一般線形群に一致することを示す。
作成:2009-09-01
更新:2011-03-08
 第1章において、原論を幾何学の基礎とするために自然哲学的な議論を積み重ねてきました。この第2章以降では、幾何学の理論を実際に現場で使えるような形式で表現するとともに、その際にどうしても必要となる解析学の技法を使います。
 これまで原論の立場を尊重して、完備性を仮定しないで議論を進めてきましたが、今後は平面や線長量、線長比の完備性を仮定し、実数論に基づく解析学の結果を利用することがあります。そのため線長比RLを実数と同一視し、線長量のような線長比RL上の線形空間を、実数上の線形空間として実線形空間じつせんけいくうかん, real linear spaceと略します。
 しかし、数とは自然数や整数のことであり、有理数は数比であり、実数は量比であるという立場には変わりがありません。説明や証明においてもなるべく第1章で準備した概念に基づくことにします。
 平面を点集合Eで表すことにします。平面E上に二点A,Bが与えられたときに、公準1によってそれらを線分で結ぶことができます。有向線分ゆうこうせんぶん, oriented segmentとは二点間を結ぶ線分において始点と終点を指定したものです。始点Aと終点Bを結ぶ有向線分をABと書くことにします。始点と終点の順序は線分の向きを定めており、同じ二点でも始点と終点を入れ替えたものは異なる有向線分を表しています。したがって、A ≠ B ⇒ ABBAが成り立ちます。
 有向線分は平面上の平行移動を定めます。実際、有向線分をABが与えられたとき、任意の点Cについて、Cが直線AB上になければ、点DABCDが平行でかつACBDが平行になるようにとることができます。Cが直線AB上にあるときは直線AB上にない点Eをとり、点FABEFが平行でかつAEBFが平行になるようにします。さらに点DEFCDが平行でかつECFDが平行になるようにとることができます。このようにして、平面E上の任意の点を有向線分ABの方向に同じ長さだけ平行移動することができます。
 二つの有向線分が同じ平行移動を定めるという関係は同値関係になります。Arrow2 = { 平面E上の有向線分全体 }として、この同値関係で分割したものをV := Arrow2/∼と書き、その元をベクトルべくとる, vectorと呼びます。
 有向線分が始点から終点までの線分という図形であるのに対し、ベクトルは平面上のすべての点に一斉に作用する機能をもっています。
ABの同値類としてのベクトルは[AB]と表されます。またVの元としてのベクトルを太字の英小文字でaのように記すことにします。aABを含む場合は、
ABa
あるいは
a = [AB]
と表されます。
Vに加法を定義します。a, bVについて、有向線分ABaを適当に選び、Aを始点とするACbを選びます。そして、ABCを始点とするように平行移動させたときの終点をDとします。このとき、有向線分ADが生成するベクトルをa + b := [AD]と定めます。
 始点と終点が一致するものも有向線分と考え、これにより生成されるベクトルを0とします。
V2 := V ∪ {0}
を平面Eに付随するベクトル空間べくとるくうかん, vector spaceと呼びます。aV2について、有向線分ABaを適当に選び、これの始点と終点を入れ替えたものを含むベクトルを-a = [BA]と定めるとV2は加法群になります。0は零元で、任意の元aについて-aが逆元です。

命題2.1.2.12

平面に付随するベクトル空間は加法群を成す。
 平面Eにベクトル空間V2が付随していると考えるとき、(E,V2)と書きます。P ∈ E, aV2が与えられたとき、始点をPとする有向線分PQaを選び、
E × V2 longrightarrow E, (P,a) longmapsto Q := P + a
と定めることによってベクトル空間V2は加法群として平面Eに右から 作用します。V2の加法は
P + 0
=
P,  P ∈ E, 0V2
               (P + a) + b
=
P + (a + b),   P ∈ E, a, bV2
が成り立つように定義されています。加法群は可換ですからこれは左からの作用と考えることもできますが、慣例により、右からの作用として表記します。
 任意のP,Q ∈ Eについて、a = [PQ] ∈ V2によりP + a = Qとすることができます。この性質は群が推移的すいいてき, transitiveに作用しているといわれ、このとき、群が作用する集合は等質空間とうしつくうかん, homogeneous spaceと呼ばれます。平面(E,V2)において、平面Eは変換群V2の等質空間です。また、P + a = Pであればa = 0となります。これを群が忠実ちゅうじつ, faithfulに作用しているといいます。

命題2.1.2.15

平面(E,V2)において、平面Eは平行移動群V2の等質空間である。
 平面E上の点Oとその点を通る無限直線αが与えられたとき、
Vα := { aV2 | O + a ∈ α  } = { [OP] | P ∈ α }
と定めると加法群としてV2の部分群になり、直線αに右から推移的に作用します。直線αにベクトル空間Vαが付随していると考えるとき、(α,Vα)と書きます。
Oと異なる点Aを固定します。このとき、直線αから点Oを除くと、二つの連結領域α12に分割されます。Aはそのどちらかに含まれますが、A ∈ α1であるとします。
 このとき、
Vα1 := { aV2 | O + a ∈ α1  }
=
{ [OP] | P ∈ α1 }
Vα2 := { aV2 | O + a ∈ α2  }
=
{ [OP] | P ∈ α2 }
とおくと、Vα = Vα1 ∪ {0} ∪ Vα2と分割されます。Vα1, Vα2はそれぞれ同一直線上の同じ方向をもつベクトルを集めた集合ですが、その集合内では方向無しで長さだけで元を識別できることから線分の等長類である線長量とみなすことができます。Vα1を線長量の正の部分L+に対応させ、Vα2を負の部分L-に対応させ、0ベクトルに零元を対応させることによりVα ≅ L、すなわち一次元実線形空間として同じものと考えることができます。
e := [OA]Vαの基底になります。

命題2.1.3.6

直線αに付随するベクトル空間Vαにおいて、基底eを定めるとVαは実数eによって生成される。 すなわち、次が成り立つ。
Vα = e
 直線α上の0でないベクトル全体の集合
Vα× := Vα1Vα2
の比
Vα× := { a:b | a,bVα× }
について考えます。これは第1章で考えた無向量の比ではなく、ベクトルという有向量の比ですが、方向を反転する負をとる操作が加法の中に自然に組み込まれているために比例の定義をそのまま拡張することができます。

定義2.1.3.8 直線上のベクトル比の比例関係

二つの直線上のベクトル比a:bc:dが比例するとは、任意の整数m,nに対して次が成り立つことをいう。
ma > nb
mc > nd
ma = nb
mc = nd
ma < nb
mc < nd
以後、この条件を次のように略記する。
ma ⋛ nb ⇒ mc ⋛ nd
また、a:bc:dが比例するとき、a:bc:dと書く。

命題2.1.3.9

直線上のベクトル比の比例関係は同値関係である。

証明

略■
 これにより、直線上のベクトル比全体の集合Vα×を比例関係で分割した同値類の集合RVα× := Vα×/∝を考えることができますが、これは対称化した線長比×に一致します。
Vαの実線形空間としての自己同型群について考えます。線形空間の自己同型写像は正則せいそく, regularな線形変換と呼ばれます。Vα上の正則な実線形変換のなす群は一般線形群いっぱんせんけいぐん, general linear groupと呼ばれ、GL(Vα, )という記号で表されます。
 線長論により、二つの線長比が比例するとはそれらが定める線長量上の比を保存する変換、すなわち相似変換が等しいことであることが導かれました。これは対称化しても成り立ち、直線上のベクトル比が比例するとはそれらが定める直線上の相似変換が等しいことと同等です。一次元実線形空間においては、相似変換と正則な線形変換は一致しますから、一般線形群GL(Vα, )は、直線上のベクトル比、言い換えれば対称化した線長比×に一致することがわかります。

命題2.1.3.14

一般線形群GL(Vα, )は実数の単元群×に同型である。
GL(Vα, ) ≅ × = +-
 線長比×は直線上のベクトル比を比例類として表現したものであり、一般線形群GL(Vα, )は相似変換として表現したものに他なりません。
数  学
実線形空間 じつせんけいくうかん, real linear space
有向線分 ゆうこうせんぶん, oriented segment
ベクトル べくとる, vector
ベクトル空間 べくとるくうかん, vector space
推移的 すいいてき, transitive
等質空間 とうしつくうかん, homogeneous space
忠実 ちゅうじつ, faithful
正則 せいそく, regular
一般線形群 いっぱんせんけいぐん, general linear group
 
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