1.5節 関数概念の拡張
著者:梅谷 武
語句:線形位相空間,Fréchet空間,台,畳み込み,単位の近似,総和核,軟化子,Radon測度,超関数,急減少関数,緩増加超関数
Fourier解析の道具であるLebesgue可測関数の畳み込み、単位の近似、総和核を準備し、線形汎関数の意味でRadon測度が関数概念の拡張になっていることを示す。さらにこれを一般化することによりSchwartzの超関数が得られることを学ぶ。超関数にも収束性や微分を定義することができて微分方程式論で重要な役割を果たす。
作成:2012-01-03
更新:2012-02-11

定義1.5.1.1 線形位相空間

K = またはとする。K上の線形空間が位相空間であり、加法と係数倍がともに連続であるとき、線形位相空間せんけいいそうくうかん, topological linear spaceという。
 以後、特に断らないときは複素数体上の線形空間を考える。

命題1.5.1.3

 線形空間V上の半ノルム族{pn}n∈が次の条件を満たしているとする。
(ⅰ) pn(f) ≦ pn+1(f), f ∈ V
(ⅱ) pn(f) = 0, n ∈ ⇒ f = 0
このとき、
d(f,g)


n = 0
1
2n
pn(f - g)
1 + pn(f - g)
V上の距離であり、これによりVは線形位相空間となる。

証明

演習とする。■

定義1.5.1.5 Fréchet空間

 半ノルム族{pn}n∈による距離に関して完備な線形位相空間をFréchet空間ふれしぇくうかん, Fréchet spaceという。

補題1.5.1.6

 線形空間V上に半ノルム族{pn}n∈による距離を入れたとき、線形写像T:Vが連続であるための必要十分条件は、
∃ n ∈ , ∃ M > 0 :
Tf
≦ Mpn(f), f ∈ V

証明

演習とする。■
 無限遠で0に収束する連続関数全体を
C0(d) { f ∈ C(d) |
 
lim
x → ∞
f(x)
= 0 }
とおく。

命題1.5.2.2

C0(d)はノルム
f
 
sup
x ∈
f(x)
と関数の積により可換Banach環となる。

証明

演習とする。■
 一般に位相空間X上の複素数値関数fについて、そのだい, support
supp f = { x ∈ X | f(x) ≠ 0 }
によって定義する。
d上の連続関数全体の集合をC(d)で表わす。コンパクト台をもつ連続関数全体を
Cc(d) { f ∈ C(d) | supp f : コンパクト }
とおく。

定義1.5.2.6 畳み込み

d上のLebesgue可測関数f,gについて
 
 
d
f(x - y)g(y)
dy
< ∞ a.e.
が成り立つとき、
(f * g)(x)
 
 
d
f(x - y)g(y)dy
fg畳み込みたたみこみ, convolutionという。

命題1.5.2.7

f ∈ Lp(d), 1≦p≦∞, g ∈ L1(d) ⇒ f * g ∈ Lp(d)
さらに次が成り立つ。
f * g
p
f
p
g
1

証明

演習とする。■
 畳み込みには関数を滑らかにする効果がある。

命題1.5.2.10

(ⅰ)
f ∈ Lp(d), 1≦p≦∞, g ∈ Cc(d) ⇒ f * g ∈ C(d)
(ⅱ)
f ∈ Lp(d), 1≦p≦∞, g ∈ Cc(d) ⇒ f * g ∈ C(d)

証明

演習とする。■

命題1.5.2.12

L1(d)は畳み込みを積とする単位元をもたない可換Banach環となる。

証明

演習とする。■

定義1.5.2.14 単位の近似

 一般に可換Banach環における点列{en}n ∈ が存在して、任意の元fについて、
f * en - f
→ 0 (n → ∞)
が成り立つとき、点列{en}n ∈ 単位の近似たんいのきんじ, approximation of unitという。

定義1.5.2.15 総和核

Kt ∈ L1(d), t > 0が次の条件を満たすとき、総和核そうわかく, summation kernelという。
(ⅰ)
 
 
d
Kt(x)dx
= 1
(ⅱ)
∃ C > 0:
Kt
1 =
 
 
d
Kt(x)
dx
≦ C
(ⅲ)
∀ δ > 0:
 
 
x >δ
Kt(x)
dx
→ 0 (t → 0)

補題1.5.2.16

K ∈ L1(d), ∫dK(x)dx = 1のとき、
Kt(x) t-dK(t-1x)
は総和核である。

証明

演習とする。■

命題1.5.2.18

Kt ∈ L1(d), t > 0が総和核のとき次が成り立つ。
(ⅰ)
f ∈ Lp(d), 1≦p<∞ ⇒
f * Kt - f
p → 0 (t → 0)
(ⅱ)
f ∈ C0(d) ⇒
f * Kt - f
→ 0 (t → 0)

証明

演習とする。■

補題1.5.2.20 軟化子

ρt(x)
t-dK(t-1x)
 
 
d
K(x)dx
K(x) lc96
exp
-1
1 - 
x
2
,
x
1
0,
x
1
とすると、ρt ∈ Cc(d)であり、総和核になっている。この総和核との畳み込みをFriedrichsの軟化子なんかし, mollifierという。

証明

演習とする。■

命題1.5.2.22

(ⅰ) Cc(d)Lp(d), 1≦p<∞で稠密である。
(ⅱ) Cc(d)C0(d)で稠密である。

証明

演習とする。■
 Radon測度については一般に局所コンパクトHausdorff空間上で議論できるが、ここでは簡単のためにdに制限する。

命題1.5.3.2

d上の有限なBorel測度μについて次が成り立つ。
(ⅰ) K ∈ d:compact ⇒ μ(K) < ∞
(ⅱ) ∀ε>0, ∀A∈B(d): ∃ F:closed, ∃ U:open, F⊂A⊂U, μ(U - F) < ε

証明

演習とする。■
 上の命題の二条件を満たすBorel測度をRadon測度らどんそくど, Radon measureという。

系1.5.3.5

 Lebesgue測度はRadon測度である。
 複素数値Radon測度とは実部と虚部がそれぞれRadon測度であるものをいう。

定理1.5.3.7 Riesz

Cc(d) ノルム空間と考えるとき、その上の線形汎関数Tは複素数値Radon測度μにより、次のように一意的に表現される。
〈 T, φ 〉 =
 
 
d
φ(x)μ(dx)
, φ ∈ Cc(d)

証明

演習とする。■
 Rieszの定理により、d上の関数のある種の拡張であるRadon測度がCc(d)上の線形汎関数と同一視できることがわかった。Schwartzの超関数はこの考えをさらに進めてCc(d)上の線形汎関数を関数の拡張と考えるものである。
 コンパクト台をもつC級関数全体を
D(d) { f ∈ Cc(d) | f : C級 }
とおく。

命題1.5.4.3

D(d)Lp(d), 1≦p<∞で稠密である。

証明

演習とする。■
d上のC級関数fに対する微分作用素を次のように書く。
Dαf = lb48
∂x1
rb48
α1
lb48
∂xd
rb48
αd
f
α = (α1, ⋯, αd),  
α
= α1 + ⋯ + αd,  αi ∪ {0}
K ⊂ dをコンパクト部分集合とするとき、台がKに含まれるC級関数全体をDK(d)とおく。このとき、半ノルム族
pm(f)
 

α ≦ m
 
sup
x ∈ K
Dαf(x)
, m = 0,1,2,⋯
命題1.5.1.3の条件を満たす。

命題1.5.4.7

K ⊂ dをコンパクト部分集合とするとき、DK(d)は上の半ノルム族によりFréchet空間となる。

証明

演習とする。■

定義1.5.4.9 超関数

D(d)上の線形形式が、任意のコンパクト部分集合K⊂dに対してDK(d)上で連続であるとき、(Schwartzの意味での)超関数ちょうかんすう, distributionという。D(d)上の超関数全体の集合をD'(d)で表わす。

例1.5.4.10 局所可積分関数

d上の可測かつ局所可積分すなわち任意のコンパクト集合上で可積分な関数fは、次の意味で超関数となる。
〈 f, φ 〉 =
 
 
d
f(x)φ(x)dx
, φ ∈ D(d)

例1.5.4.11 Radon測度

d上のRadon測度μは次の意味で超関数となる。
〈 μ, φ 〉 =
 
 
d
φ(x)μ(dx)
, φ ∈ D(d)

例1.5.4.12 Diracのδ測度

〈 δ, φ 〉 = φ(0), φ ∈ D(d)

例1.5.4.13 Heaviside関数

〈 Y, φ 〉 =

 
0
φ(x)dx
, φ ∈ D()

命題1.5.4.14 線形結合

D'(d)上の線形空間である。

証明

演習とする。■

命題1.5.4.16 C級関数との積

T ∈ D'(d), f ∈ C(d)のとき、
〈 fT, φ 〉 〈 T, fφ 〉, φ ∈ D()
は超関数となる。

証明

演習とする。■

命題1.5.4.18 一階微分

T ∈ D'(d)のとき、
∂T
∂xi
, φ 〉 - 〈 T,
∂φ
∂xi
〉, φ ∈ D()
は超関数となる。

証明

演習とする。■

命題1.5.4.20 高階微分

T ∈ D'(d)のとき、
〈 DαT, φ 〉 (-1)α 〈 T, Dαφ 〉, φ ∈ D()
は超関数となる。

証明

演習とする。■

例1.5.4.22 Heaviside関数

〈 Y', φ 〉 = -

 
0
φ'(x)dx
= φ(0) = 〈 δ, φ 〉

定義1.5.4.23 超関数の収束

 超関数列{Tn}n∈が超関数Tに収束するとは、任意のφ∈D(d)について次が成り立つことをいう。
 
lim
n → ∞
〈 Tn, φ 〉
= 〈 T, φ 〉
D(d)の位相についてはここでは触れないが、D(d)は線形位相空間となり、D'(d)の強位相による収束と上の定義は一致する。

定理1.5.4.25

 超関数列{Tn}n∈において、任意のφ∈D(d)について{〈 Tn, φ 〉}n∈が有限確定値をもつとき、
 
lim
n → ∞
〈 Tn, φ 〉
= 〈 T, φ 〉
となる超関数Tが一意的に存在する。

証明

Banach-Steinhausの定理の特別な場合と考える。■

系1.5.4.27

 超関数列{Tn}n∈において、
n

i = 0
Ti
が収束すれば、その極限


i = 0
Ti
 
lim
n → ∞
n

i = 0
Ti
は超関数である。

命題1.5.4.28

 超関数列{Tn}n∈が超関数Tに収束すれば、
 
lim
n → ∞
∂Tn
∂xi
=
∂T
∂xi
, i = 1,⋯,d

証明

演習とする。■

命題1.5.4.30 項別微分

 超関数級数S = ∑nTnが収束すれば、任意のαについて次が成り立つ。
DαS =


n = 0
DαTn

証明

演習とする。■
 Schwartzの超関数の中でも、Fourier変換や定数係数偏微分方程式を扱うときに都合のよい性質をもつクラスが緩増加超関数である。緩増加超関数は急減少関数空間上の線形汎関数として定義される。
急減少関数きゅうげんしょうかんすう, rapidly decreasing functionの空間を
S(d) { f ∈ C(d) | ∀ α,β:
 
sup
x
xαDβf(x)
< ∞ }
により定義する。次の包含関係が成り立つ。
D(d) = Cc(d) ⊂ S(d) ⊂ C0(d) ⊂ C(d)
 急減少関数f ∈ S(d)に対して
pn(f)
 
sup
α,β ≦ n
 
sup
x
xαDβf(x)
と定義する。{pn}n∈は半ノルム族であり、命題1.5.1.3の条件を満たす。これによりS(d)は線形位相空間となる。

命題1.5.5.4

S(d)はFréchet空間である。

証明

演習とする。■

命題1.5.5.6

D(d)S(d)において稠密である。

証明

演習とする。(証明には次節の軟化子を使う)■

定義1.5.5.8 緩増加超関数

S(d)上の連続な線形汎関数を緩増加超関数かんぞうかちょうかんすう, slowly increasing distributionといい、その全体をS'(d)で表わす。
 緩増加超関数の定義域をD(d)に制限すると超関数になっており、S'(d) ⊂ D'(d)と考えることができる。
 一般にD'(d)の元としての超関数Tが緩増加であるとは、
∃ k ∈ , ∃ C > 0:
〈 T, φ 〉
≦ C pk(φ), φ ∈ D(d)
が成り立つことであるが、このような超関数Tは定義域をS(d)に拡張することができる。逆に任意のS'(d)の元は緩増加であるから、超関数の緩増加の概念は上の定義と矛盾しない。

命題1.5.5.11

S'(d)D'(d)の部分線形空間であり、微分作用素に関して閉じている。

証明

演習とする。■

命題1.5.5.13 急減少関数との積

T ∈ S'(d), f ∈ S(d)のとき、
〈 fT, φ 〉 〈 T, fφ 〉, φ ∈ S()
は緩増加超関数となる。

証明

演習とする。■

命題1.5.5.15 多項式との積

T ∈ S'(d), P(x) ∈ [x]のとき、
〈 P(x)T, φ 〉 〈 T, P(x)φ 〉, φ ∈ S()
は緩増加超関数となる。

証明

演習とする。■

定理1.5.5.17

 緩増加超関数列{Tn}n∈において、任意のφ∈S(d)について{〈 Tn, φ 〉}n∈が有限確定値をもつとき、
 
lim
n → ∞
〈 Tn, φ 〉
= 〈 T, φ 〉
となる緩増加超関数Tが一意的に存在する。

証明

演習とする。■
数  学
線形位相空間 せんけいいそうくうかん, topological linear space
Fréchet空間 ふれしぇくうかん, Fréchet space
だい, support
畳み込み たたみこみ, convolution
単位の近似 たんいのきんじ, approximation of unit
総和核 そうわかく, summation kernel
軟化子 なんかし, mollifier
Radon測度 らどんそくど, Radon measure
超関数 ちょうかんすう, distribution
急減少関数 きゅうげんしょうかんすう, rapidly decreasing function
緩増加超関数 かんぞうかちょうかんすう, slowly increasing distribution