初等幾何復活のきざし
著者:梅谷 武
読者からの声の紹介とそれに対する私の考えを簡単にまとめました。
作成:2008-03-15
更新:2011-03-10
 中学一年生のお父さんよりメールをいただいたのですが、その内容が大変興味深いものでしたので、ご迷惑がかからないような書き方で簡単に紹介させていただきます。
 それは、その中学校では一年生に独自教材で公理的な初等幾何を教えていて、その内容の難しさに驚愕したというような書き出しで始まるものでした。そして、ヒルベルトや小平先生の本を購入したり、インターネットを検索して初等幾何について調べていたところ、私どものページにたどりついたということです。
 その独自教材の内容は文面から推察しますと、だいたい旧制中学の初等幾何教科書に近いものではないかと思われますが、お父さんの率直な感想としては、中学一年生には難しすぎるのではないかということでした。
 私は学校教育に直接係わっているわけではありませんので、このようなことは今回初めて知りました。大変意義深い試みだと思われますので、先生方にはぜひその具体的な内容や成果を公開していただきたいと期待しております。
 やはり中学一年生にすぐに論理や証明を教えるのは早すぎると思います。最初は論理的な思考を養う訓練と造形技術の初歩を学ぶために公理論的初等幾何の体系の裏付けの基に、作図法と折り紙のトレーニングをさせるのがいいと思います。
 作図や折り紙がなぜ論理的思考の訓練になるかということですが、ある課題を作図し、おるいは折るときに正しい手順で行なわないと正しい結果が出ません。これは証明するときに正しい論理をたどらないと証明できないのとまったく同じことです。しかし、証明が正しいかどうかを学習者が自分で判断することは難しいですが、正しく作図できているかどうか、折れているかどうかは、学習者が自分で評価することができますから、初心者が最初に初等幾何を学ぶときにはここから入っていくのが一番敷居が低いと思います。
 ただし、ここでいう折り紙は通常の趣味の折り紙とは異なっていて、公理論的初等幾何に基づく折り紙を意味していることに注意してください。これについては例えば文献[1]を参照してください。
 公理論的初等幾何については、いろいろ難しい問題があって簡単にはいきませんが、基本的には小平先生の考え方、つまりヒルベルトの公理系は論理的には完璧であるが、初等幾何の学習には向かないという前提に立つことが必要です。
 それではどういう公理系にするかということですが、これはとりあえずは旧制中学のやり方や小平先生の公理系を採用することができると思いますが、将来的にこれをどうすべきかについては別の機会に述べることにします。
 高校の課程については項目だけにしますが、コンピュータを使う場合に必ず付きまとうこととして、ハードウェアやソフトウェアの環境が非常に速いテンポで変化していくということにどう対応すべきかという問題があるということだけ指摘しておきます。
 現代において初等幾何のカリキュラムを作るときに大事なことは、数学だけを教えようとしてはいけないということです。この意味を正確に説明しようとすると長くなるので、例で説明することにしましょう。
 初等幾何といえばユークリッド(エウクレイデス)というように相場が決まっているように思われがちですが、これは数学者の立場での話であって、一般の人、特にデザイナーや職人志望の人はユークリッドとともにデューラーも学ぶ必要があります。
 下の図はデューラーが示しているさまざまな渦巻線の作図法の中の一つです。
 見てすぐわかるように、これは渦巻線を円弧で近似して書く方法であって、ユークリッド流の作図法ではありません。デューラーは渦巻線の作図法を5種類ほど示していますが、そのすべてが円弧で近似する方法です。数学者の立場ではこれは作図法ではありませんが、彫刻職人が大理石に下書きする場合にはこの近似法で十分です。
 初等幾何が論理的な思考能力だけでなく、造形技術の訓練でもあるというのはこのような意味です。
 生徒達は、論理は難しくて面白くなくても、造形技術には興味を示すことでしょう。造形技術を学んでいるうちにその陰にある数学の面白さに気が付かせることができれば成功というような発想で教材を作るのが望ましいのではないでしょうか。
 アルブレヒト・デューラーの『測定法教則』はユークリッドの『原論』と並んで初等幾何を考える上でかかせない基礎文献ですが、近いうちに下村耕史氏による日本語訳が出版される予定になっています。
[1] ロベルト・ゲレトシュレーガー, 折紙の数学―ユークリッドの作図法を超えて, 森北出版, 2002
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[2] アルブレヒト・デューラー, 「測定法教則」注解, 中央公論美術出版, 2008
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