6.1節 Poisson過程
著者:梅谷 武
語句:放射性崩壊,崩壊定数,半減期,平均寿命,確率過程,計数過程,Poisson過程
確率過程は時間パラメータ付き確率変数族と定義し、放射性崩壊が単位時間当たりの崩壊確率で特徴付けられることから待ち時間分布が指数分布となることを導き、それから構成した計数過程がPoisson過程となることを示す。
作成:2012-02-08
更新:2012-02-26
 確率過程とは時間によりパラメータ付けされた確率変数族{Xt}のことである。離散時間の場合はこれまで準備した確率論の枠組みで議論できる。しかし、連続時間の場合、例えば確率微分方程式について論じようとすると、関数空間に位相を入れ、そのBorel集合族により可測空間を構成し、その空間に値をもつ可測関数を考える必要が出てくる。当面そこまでは必要無いので、ここでは素朴な定義により確率過程を導入する。

定義6.1.1.2 確率過程

 確率空間(Ω,F,P)上の時間を表わす集合T ⊂ によりパラメータ付けされた確率変数族{Xt}t ∈ T
Xtlongrightarrow d, ω longmapsto Xt(ω)
確率過程かくりつかてい, stochastic processという。
 これからPoisson過程の概念を段階を追いながら構築していくが、放射線計測への応用を意識し、天下り式の定義ではなく、放射性崩壊がPoisson過程であることを解説しながら進めていく。しかし、論理的な厳密さは失わないようにしている。
 原子核の放射性崩壊を特徴付ける物理法則は次のように表現することができる。物理法則は数学の範囲では証明ができないので公理と考えることにする。

公理6.1.2.3 放射性崩壊

 原子核の放射性崩壊ほうしゃせいほうかい, radioactive decayは確率現象であり、原子核の種類により定まる単位時間当たりの崩壊確率で特徴付けられる。これを崩壊定数ほうかいけいすう, decay constantという。

命題6.1.2.4

 崩壊定数がλ > 0であるような原子核が初期状態t = 0n0個あり、時刻t ≧ 0における個数がn(t)であるとすると、その変化について次が成り立つ。
n(t) = n0 e-λt, t ≧ 0

証明

Δtを微小時間とすると
n(t+Δt) - n(t) = -λΔt n(t)
が成り立つから、個数の変化は常微分方程式の初期値問題
dn
dt
= -λn, n(0) = n0, t ≧ 0
で表現することができる。これは次のように解ける。
n(t) = n0 e-λt, t ≧ 0
 この確率モデルにおいて、初期状態の個数が半数になるまでの時間を半減期はんげんき, half lifeという。半減期をTとすれば
n(T)
n0
=
1
2
= e-λT
であるから、次が成り立つ。

系6.1.2.7 半減期

 崩壊定数がλ > 0であるような原子核の半減期T
T =
log 2
λ
 Poisson過程を構築する準備として、まず放射性崩壊が起こるまでの待ち時間の確率分布を求める。
Δtを微小時間とすると、時間区間[(k-1)Δt,kΔt], k=1,2,⋯で崩壊するかどうかは、成功確率p = λΔtのBernoulli試行列と考えられる。そこで幾何分布の確率空間を考える。

標本空間

Ω


k = 1
ΩB
= { ω = (ω1, ⋯, ωn, ⋯) ∣ ωn ∈ ΩB = { 0, 1 }, n ∈ }

事象族

F


k = 1
FB

確率測度

P


k = 1
PB
(Ω,F,P)上の確率変数TΔtとして崩壊までの待ち時間を考える。各根元事象ω
ω = (0, ⋯, 0, 1, ωn+1, ⋯), ω1 = ⋯ = ωn-1 = 0, ωn = 1, n ≧ 1
について最初に崩壊する項番号nn(ω)と書いたときに

確率変数

TΔt(ω) n(ω)Δt, ω ∈ Ω
 分布μΔtは次のようになる。

分布

μΔt =


n = 1
pqn-1δnΔt
μΔtΔt → 0のとき指数分布に弱収束する。

命題6.1.3.6

a = kΔt, b = (k+m)Δt, k,m ∈ とすると次が成り立つ。
 
lim
Δt → 0
P( a ≦ TΔt ≦ b )
=
b
 
a
λe-λtdt

証明

P(a≦TΔt≦b)
=
k+m

j = k
(1-p)j-1p
= (1-p)k-1
m

j = 0
qjp
=
(1-p)k-1(1-qm+1)
=
(1-λΔt)k-1(1-(1-λΔt)m+1)
=
lb48 1 -
λa
k
rb48k-1 lb48 1 - lb48 1-
λ(b-a)
m
rb48m+1 rb48
ここで、Δt → 0とすればk,m → ∞となるから右辺は
e-λa(1-e-λ(b-a)) =
b
 
a
λe-λtdt
となる。■
 ここまでの結果をまとめる。

定理6.1.3.9

 崩壊定数がλ > 0であるような原子核が崩壊するまでの待ち時間Tλは密度関数
fλ(t) lc72
λe-λt,
t
0
0,
t
0
が定める分布μλに従う。

系6.1.3.10 平均寿命

 崩壊定数がλ > 0であるような原子核の平均寿命へいきんじゅみょう, mean life
E[Tλ] =
1
λ
 時刻tにおける何らかの個数を表わす確率過程を計数過程けいすうかてい, counting processという。ここでは放射性崩壊の個数の時間的変化について調べるが、各崩壊は独立、すなわちある崩壊が他の崩壊に影響は与えないと仮定する。
 崩壊定数がλ > 0であるような原子核が崩壊する過程を初期状態t = 0から最初に崩壊するまでの時間を確率変数T1k番目に崩壊したとき 前回の崩壊からの経過時間を確率変数Tkとするために、
( [0,∞), B[0,∞), μλ )
の無限直積
lb48 Ω


k = 1
[0,∞)
, F


k = 1
B[0,∞)
, P


k = 1
μλ
rb48
を考える。確率変数列{Tn}n ∈ は独立で各Tkは同一指数分布μλに従っている。

補題6.1.4.3

Tを指数分布μλに従う確率変数とすれば次が成り立つ。
P( T ≦ t ) = 1 - e-λt,  P( T > t ) = e-λt,  t ∈ [0,∞)

証明

演習とする。■
S0 = 0,  Sn
n

k = 1
Tn
,  n ∈
とすると{Sn}n ∈ ∪{0}n回崩壊したときの時刻を表わす確率変数列となる。n ≧ 1のときSnΓ分布Γ(n,1/λ)に従う。

補題6.1.4.6

P( a ≦ Sn ≦ b ) =
b
 
a
λnsn-1
(n-1)!
e-λsds
,  [a,b] ⊂ [0,∞),  n ≧ 1

証明

T = (T1,T2,⋯,Tn)を結合分布とすると独立性より
P(a≦Sn≦b)
=
μT1+T2+⋯+Tn([a,b]) = P( (T1+T2+⋯+Tn)-1([a,b]) )
=
 
 

 
 

1[a,b](x1+x2+⋯+xnT(dx1dx2⋯dxn)
=
 
 

 
 

1[a,b](x1+x2+⋯+xnT1(dx1T2(dx2)⋯μTn(dxn)
=
 
 

 
 

1[a,b](x1+x2+⋯+xnne-λ(x1+x2+⋯+xn)dx1dx2⋯dxn
これは領域
x1 ≧ 0, ⋯, xn ≧ 0, a ≦ x1 + x2 + ⋯ + xn ≦ b
上の積分と考えることができるから、s = x1 + x2 + ⋯ + xnと変数変換すると
P(a≦Sn≦b)
=
b
 
a
ds
 
 
 
 
 
0≦x1+⋯+xn-1≦s
λne-λsdx1⋯dxn-1
=
b
 
a
λne-λsds
s
 
0
dxn-1
s-xn-1
 
0
dxn-2
s-(x2+⋯+xn-1)
 
0
dx1
=
b
 
a
λnsn-1
(n-1)!
e-λsds
 ここで
N(t)
 
sup
n
{ n ∈ | Sn ≦ t }
, t ∈ [0,∞)
とおくと、N(t)は時刻tまでの崩壊数を表わす確率変数であり、{N(t)}t ∈ [0,∞)は計数過程となる。各N(t)はPoisson分布に従うのであるが、これは一般に待ち時間が同一指数分布に従う独立事象列の時刻tまでの発生数について成り立つ。

定理6.1.4.9 Poisson過程

 待ち時間が同一指数分布μλ, λ > 0に従う独立事象列{Tn}n ∈ が与えられたとき、上のように定義された時刻tまでの発生数N(t)はPoisson分布P(λt)に従う。すなわち次が成り立つ。
P( N(t) = n ) = e-λt
(λt)n
n!
,  n = 0, 1, 2, ⋯

証明

P( N(t) = n )
=
P( Sn ≦ t < Sn+1 )
=
P( Sn ≦ t )P( t < Sn+1 )
=
P( Sn ≦ t )P( t-s < Tn+1 ),  s ≦ t
=
b
 
a
λnsn-1
(n-1)!
e-λse-λ(t-s)ds
=
e-λt
(λt)n
n!
 上の定理の仮定を満たす計数過程{N(t)}t ∈ [0,∞)Poisson過程ぽあそんかてい, Poisson processという。

定理6.1.4.12

 Poisson過程{N(t)}t ∈ [0,∞)には次の性質がある。
(ⅰ) 任意の0 ≦ t1 < t2 < ⋯ < tkに対して、{N(tk)-N(tk-1)}1≦k≦nは独立。
(ⅱ) 任意の0 ≦ s < tに対して、N(t)-N(s)はPoisson分布P(λ(t-s))に従う。

証明

演習とする。■
自  然
放射性崩壊 ほうしゃせいほうかい, radioactive decay
崩壊定数 ほうかいけいすう, decay constant
半減期 はんげんき, half life
平均寿命 へいきんじゅみょう, mean life
 
数  学
確率過程 かくりつかてい, stochastic process
計数過程 けいすうかてい, counting process
Poisson過程 ぽあそんかてい, Poisson process