一変数多項式と形式的冪級数
著者:梅谷 武
語句:形式的冪級数,多項式,単項式,係数,不定元,変数,合成積,形式的冪級数環,部分環,多項式環,線形独立,生成系,自由加群,基底,次数,モニック
一変数多項式と形式的冪級数について述べる。
作成:2006-05-18
更新:2013-06-17
 一変数多項式の定義は、シモン・ステヴィンの考えを集合論を使って表現したものということができます。つまり、多項式とは添え字が付いた数の列のことです。しかし、整数論においては整数や有理数だけでなく、その他のいろいろな可換環の計算も取り扱いますので、多項式も一般の可換環上で定義します。
 可換環Rの元の列全体の集合{(ai)i ∈ℕ | ai ∈R }に加法と乗法を次のように定義します。
          (ai) + (bi)
=
(ci), ci = ai + bi
(ai) × (bj)
=
(ck), ck =
 

i+j=k
aibj
添え字が小さいところを展開してみると、
          (ai) + (bi)
=
(a0 + b0, a1 + b1, a2 + b2, ⋯ )
(ai) × (bj)
=
(a0 b0, a0 b1 + a1 b0, a0 b2 + a1 b1 + a2 b0, ⋯ )
というようになっています。
 この可換環の元の列で0でない元が無限にあるものを形式的冪級数けいしきてきべききゅうすう, formal power series0でない元が有限のものを多項式たこうしき, polynomial、多項式の中で特0でない元が1個しかないものを単項式たんこうしき, monomialといいます。またこの列を構成する各元のことを係数けいすう, coefficientといいます。この言葉を使って元の列のことを係数列と呼ぶことにしましょう。
 この係数列をデカルトの代数記号で表現してみます。デカルトは不定元ふていげん, indeterminateあるいは変数へんすう, variableをアルファベットの後ろの方の文字X,Y,Z,⋯によって表現しました。ここでは一変数多項式の不定元をXで表すことにします。Xは上の定義では(0,1,0,0,⋯)に対応します。Xの冪乗Xnn番目の項が1で、その他の項が0である列になります。
          X0
=
(1,0,0,0,⋯)
X1
=
(0,1,0,0,⋯)
X2
=
(0,0,1,0,⋯)
例えばX3 - 3X2 + 3X - 1(-1,3,-3,1,0,⋯)に対応します。これとX+1=(1,1,0,⋯)との乗法を計算してみましょう。
          
(X3 - 3X2 + 3X - 1)(X+1)
=
(X4 - 3X3 + 3X2 - X) + (X3 - 3X2 + 3X - 1)
=
X4 -2X3 + 2X - 1
(-1,3,-3,1,0,⋯) × (1,1,0,0,0,⋯)
=
(-1 ⋅ 1, -1 ⋅ 1 + 3 ⋅ 1,3 ⋅ 1 + -3 ⋅ 1, -3 ⋅ 1 + 1 ⋅ 1, 1 ⋅ 1, 0, ⋯)
=
(-1, 2, 0, -2, 1, 0, ⋯ )
文字式として考えたときの乗法と係数列の乗法が一致していることがわかります。この係数列として考えた乗法のことを合成積ごうせいせき, convolutionと呼ぶことがあります。
 この加法と乗法によって可換環の係数列の集合は可換環となります。 以下、可換環の定義に従ってこれを確かめていきましょう。
 まず加法に関して可換群になっていることは、加法が項毎の加法として定義されていることからあきらかでしょう。零元は全項が0である(0,0,0,⋯)という列です。次に乗法についてですが、単位元は最初の項が1で、それ以外が0という列(1,0,0,⋯)になります。可換律は乗法の定義が対称であることからあきらかです。((ai) × (bj)) × (ck) = (dl)とおくと
               dl
=
 

k+m=l
(
 

i+j=m
aibj
) ck )
=
 

i+j+k=l
aibjck
=
 

i+m=l
ai (
 

j+k=m
bjck
)
より(dl) = (ai) × ((bj) × (ck))となり、結合律が成り立つこと がわかります。(ai) × ((bj) + (ck) = (dl)とおくと
               dl
=
 

i+j=l
ai (bj + cj)
=
 

i+j=l
(aibj + aicj)
=
 

i+j=l
aibj
+
 

i+j=l
aicj
より(dl) = (ai) × (bj) + (ai) × (ck)となり、分配律が成り立つことがわかります。したがって、これは可換環になっています。
 この可換環Rの係数列の集合から成る可換環をR上の形式的冪級数環けいしきてきべききゅうすうかん, formal power series ringといいます。特に0でない元が有限個だけの係数列から成る部分集合を考えると、これは加法と乗法に関して閉じていますので形式的冪級数環の部分環ぶぶんかん, subringになっていますが、これをR上の多項式環たこうしきかん, polynomial ringといいます。
 形式的冪級数環においては、最初の項だけが0でない(r,0,0,⋯)のような形の元とr ∈Rを同一視します。これにより、Rの元と形式的冪級数に対して係数倍を定義することができます。この係数倍に関して次の性質が成り立ちます。
          a((bi)+(ci))
=
a(xi) + a(ci), a∈R
(a+b)(ci)
=
a(ci) + b(ci), a,b∈R
(ab)(ci)
=
a(b(ci)), a,b∈R
1(ci)
=
(ci), 1∈R
これにより形式的冪級数環がR-加群になっていることがわかります。
R-加群Mの部分集合SR線形独立せんけいどくりつ, linearly independentであるとは、その任意の有限部分集合{xi ∈S | i = 0, ⋯, n}について、
n

i=0
rixi
= 0, ri∈R ⇒ ri = 0
が成り立つことをいいます。Sが生成する部分R-加群、言い換えればSを含む最小の部分R-加群{ ∑i ri xi | ri ∈R, xi ∈S }Mと一致するとき、SM生成系せいせいけい, generator systemといいます。線形独立かつ生成系であるような部分集合を持つR-加群をR上の自由加群じゆうかぐん, free moduleといい、その部分集合を基底きてい, basisといいます。
 形式的冪級数は不定元Xによって次のように書くことができます。
(ai)i ∈ℕ =


i = 0
aiXi
この和は形式的なものであって、その意味で形式的冪級数と呼ばれています。多項式の場合、この和は実際の和と一致します。任意の多項式は、
n

i = 0
aiXi
= a0 + a1 X + a2 X2 + ⋯ + an Xn
と書くことができます。この形式で多項式の和と積を書いてみましょう。
n

i = 0
aiXi
+
m

i = 0
biXi
=
m

i = 0
(ai + bi)Xi
, m ≧ n
(
n

i = 0
aiXi
)(
m

i = 0
biXi
)
=
n+m

k = 0
(
 

i+j=k
aibj
) Xk
このように不定元Xで表現する場合、R上の形式的冪級数環をR[[X]]、多項式環をR[X]と書きます。このときR ⊂ R[X] ⊂ R[[X]]という包含関係があります。また、{ Xi | i ∈ℕ }R[X]の基底であり、したがってR[X]R-自由加群になっています。
0でない多項式についてその次数じすう, degreeを、有限列の長さとして次のように定義します。
f(X) =
n

i = 0
aiXi
, an ≠ 0
に対してその次数をnとし、
deg f(X) = n
と書きます。次数には次の性質があります。

命題3.2.12

 可換環R上の多項式環R[X]の次数について次が成り立つ。 特にRが整域の場合は(2)で等号が成り立つ。

証明

 演習とする。■
 整域上の多項式環と形式的冪級数環には次の性質があります。

命題3.2.15

 整域上の多項式環及び形式的冪級数環は整域である。

証明

 演習とする。■

一変数多項式の計算

 多項式環においては整数と同じように割り算ができる場合があります。例として整係数の多項式の割り算をしてみましょう。
5X - 6
X3 + 2X2 + 3X + 4
)
5X4 +  4X3 +  3X2 +  2X + 1
5X4 + 10X3 + 15X2 + 20X   
-6X3 - 12X2 - 18X + 1
-6X3 - 12X2 - 18X -24
25
0でない多項式f(X)の最高次数の項の係数が1のとき、f(X)モニックもにっく, monic多項式または単多項式であるといいます。可換環上の任意の多項式は単多項式で割ることができます。

命題3.2.18 可換環上の多項式環における除法の原理

R[X]を可換環R上の多項式環とする。f(X)R[X]の任意の多項式とし、g(X), deg g(X) ≧ 1を単多項式とする。このとき
f(X) = g(X)q(X) + r(X), deg r(X) < deg g(X) あるいは r(X) = 0
を成り立たせる多項式q(X),r(X)が存在する。もしRが整域であればq(X),r(X)は一意的に存在する。

証明

 上の例のように適当なq(X)を作ることでf(X) - g(X)q(X)の次数をdeg g(X)より小さくすることができる。この詳細と一意性の証明は演習とする。■
 特に体上の多項式環においては、単多項式という仮定は必要がなく、整数と同様な除法の原理が成り立ちます。

命題3.2.21 体上の多項式環における除法の原理

k[X]を体k上の多項式環とする。f(X),g(X)k[X]の任意の多項式とし、deg g(X) ≧ 1とする。このとき
f(X) = g(X)q(X) + r(X), deg r(X) < deg g(X) あるいは r(X) = 0
を成り立たせる多項式q(X),r(X)がただ一組だけ存在する。

証明

 演習とする。■
 一変数多項式は可変長のリストとして実装することができます。整係数と有理係数の一変数多項式の加算・減算・乗算・冪乗・除算・剰余の計算例を示しておきます。

sample3.2.1.py

from Poly1 import *
 
a = Poly1( [-1,3,-3,1] )
b = Poly1( [1,1] )
print "a = ", a, ", b = ", b
print "a * b = ", a * b
print "b^2   = ", b**2 
print "a + b = ", a + b
print "a - b = ", a - b
print "a / b = ", a / b
print "a % b = ", a % b
print
 
Poly1.SetChar( 'y' )
 
a = Poly1( [Fraction(-3,10), Fraction(1,25), Fraction(1,4)] )
b = Poly1( [Fraction(1,2), Fraction(-3,10)] )
print "a = ", a, ", b = ", b
print "a * b = ", a * b
print "b^2   = ", b**2
print "a + b = ", a + b
print "a - b = ", a - b
print "a / b = ", a / b
print "a % b = ", a % b

sample3.2.1.pyの実行結果

a =  X^3 - 3X^2 + 3X - 1 , b =  X + 1
a * b =  X^4 - 2X^3 + 2X - 1
b^2   =  X^2 + 2X + 1
a + b =  X^3 - 3X^2 + 4X
a - b =  X^3 - 3X^2 + 2X - 2
a / b =  X^2 - 4X + 7
a % b =  -8
 
a =  1/4y^2 + 1/25y - 3/10 , b =  -3/10y + 1/2
a * b =  -3/40y^3 + 113/1000y^2 + 11/100y - 3/20
b^2   =  9/100y^2 - 3/10y + 1/4
a + b =  1/4y^2 - 13/50y + 1/5
a - b =  1/4y^2 + 17/50y - 4/5
a / b =  -5/6y - 137/90
a % b =  83/180

sample3.2.1.rb

require 'mathn'
require './poly1'
 
a = Poly1([-1, 3, -3, 1])
b = Poly1([1, 1])
print "a = ", a, ", b = ", b, "\n"
print "a * b = ", a * b, "\n"
print "b^2   = ", b**2, "\n"
print "a + b = ", a + b, "\n"
print "a - b = ", a - b, "\n"
print "a / b = ", a / b, "\n"
print "a % b = ", a % b, "\n"
print "\n"
 
Poly1.setchar('y')
 
a = Poly1([-3/10, 1/25, 1/4])
b = Poly1([1/2, -3/10])
print "a = ", a, ", b = ", b, "\n"
print "a * b = ", a * b, "\n"
print "b^2   = ", b**2, "\n"
print "a + b = ", a + b, "\n"
print "a - b = ", a - b, "\n"
print "a / b = ", a / b, "\n"
print "a % b = ", a % b, "\n"

sample3.2.1.rbの実行結果

a = X^3 - 3X^2 + 3X - 1, b = X + 1
a * b = X^4 - 2X^3 + 2X - 1
b^2   = X^2 + 2X + 1
a + b = X^3 - 3X^2 + 4X
a - b = X^3 - 3X^2 + 2X - 2
a / b = X^2 - 4X + 7
a % b = -8
 
a = 1/4y^2 + 1/25y - 3/10, b = -3/10y + 1/2
a * b = -3/40y^3 + 113/1000y^2 + 11/100y - 3/20
b^2   = 9/100y^2 - 3/10y + 1/4
a + b = 1/4y^2 - 13/50y + 1/5
a - b = 1/4y^2 + 17/50y - 4/5
a / b = -5/6y - 137/90
a % b = 83/180

参考文献

[1] 松坂 和夫, 代数系入門, 岩波書店, 1976
img
 
 
[2] ファン・デル・ヴェルデン, 現代代数学〈1〉, 商工出版社, 1959
[3] 藤崎 源二郎, 体とガロア理論, 岩波書店, 1997
img
 
 
[4] 堀田 良之, 岩波講座 現代数学の基礎〈9〉環と体, 岩波書店, 2001
数  学
形式的冪級数 けいしきてきべききゅうすう, formal power series
多項式 たこうしき, polynomial
単項式 たんこうしき, monomial
係数 けいすう, coefficient
不定元 ふていげん, indeterminate
変数 へんすう, variable
合成積 ごうせいせき, convolution
形式的冪級数環 けいしきてきべききゅうすうかん, formal power series ring
部分環 ぶぶんかん, subring
多項式環 たこうしきかん, polynomial ring
線形独立 せんけいどくりつ, linearly independent
生成系 せいせいけい, generator system
自由加群 じゆうかぐん, free module
基底 きてい, basis
次数 じすう, degree
モニック もにっく, monic
 
Published by SANENSYA Co.,Ltd.