7.5節 Lie環
著者:梅谷 武
語句:Lie環, 交代行列, 反エルミート行列, 世界座標系, 物体座標系, 速度ベクトル, 接ベクトル, 随伴表現
線形Lie群のLie環の概念を導入し、三次元単位球面による直交群の被覆がSU(2)の随伴表現と同じものであることを示す。
作成:2009-09-26
更新:2021-03-28
 解析的な議論を最小限にするために行列値関数の微分について必要な性質だけまとめます。
 行列値関数A(t) = (aij(t)) ∈ M(n,K)
A(t) = lb144
a11(t)
a12(t)
a1n(t)
a21(t)
a22(t)
a2n(t)
an1(t)
an2(t)
ann(t)
rb144
の微分とは各係数の微分がなす行列であると定義します。
A(t) :=
dA(t)
dt
:= lb288
da11(t)
dt
da12(t)
dt
da1n(t)
dt
da21(t)
dt
da22(t)
dt
da2n(t)
dt
dan1(t)
dt
dan2(t)
dt
dann(t)
dt
rb288

命題7.5.1.3 行列の微分公式

(7.1)
d(A(t)+B(t))
dt
=
dA(t)
dt
+
dB(t)
dt
(7.2)
d(A(t)B(t))
dt
=
dA(t)
dt
B + A
dB(t)
dt

証明

略■
 形式的冪級数
eX =


n=0
Xn
n!
に行列X ∈ M(n,K)を代入すると行列のノルムに関して絶対収束することから、行列の指数関数
exp:M(n,K) longrightarrow GL(n,K), X longmapsto exp X := eX
を定義することができます。

命題7.5.2.2

行列の指数関数について次が成り立つ。
(1)
XY = YX ⇒ eX+Y=eX eY,  X,Y ∈ M(n,K)
(2)
(eX)n = enX,  X ∈ M(n,K), n ∈
(3)
ePXP-1 = P eX P-1,  X ∈ M(n,K), P ∈ GL(n,K)
(4)
t(eX) = etX,  X ∈ M(n,K)
(5)
eX = eX,  X ∈ M(n,K)
(6)
(eX) = eX,  X ∈ M(n,K)
(7)
det(eX) = eTr(X),  X ∈ M(n,K)
(8)
d
dt
(etX) = X etX = etX X,  X ∈ M(n,K), t ∈

証明

略■
 最初に代数構造としてのLie環を定義します。

定義7.5.3.2 Lie環

K上の線形空間gにおいて、積
g × g longrightarrow g,  (X,Y) longmapsto [X,Y]
が定義され、次の条件が満たされるとき、gK上のLie環りーかん, Lie algebraという。
(LA1) [X+Y,Z] = [X,Z] + [Y,Z], X,Y,Z ∈ g
(LA2) [λ X,Y] = λ [X,Y], λ ∈ K, X,Y ∈ g
(LA3) [X,Y] = -[Y,X], X,Y ∈ g
(LA4) [X,[Y,Z]] + [Y,[Z,X]] + [Z,[X,Y]], X,Y,Z ∈ g
 次に線形Lie群のLie環を定義します。

定義7.5.3.4 線形Lie群のLie環

線形Lie群G ⊂ GL(n,K)について、
g := { X ∈ M(n,K) ∣ etX ∈ G, t ∈ }
を線形Lie群GのLie環という。

命題7.5.3.5

線形Lie群GのLie環gは積
[X,Y] := XY - YX,  X,Y ∈ M(n,K)
により、実数体上のLie環となる。

証明

略■
 線形Lie群GのLie環は対応するドイツ小文字gで表すことにします。

命題7.5.3.8

(7.3)
gl(n,) = M(n,)
(7.4)
gl(n,) = M(n,)

証明

略■

命題7.5.3.10

(7.5)
sl(n,) = { X ∈ M(n,) ∣ Tr(X) = 0 }
(7.6)
sl(n,) = { X ∈ M(n,) ∣ Tr(X) = 0 }

証明

det(etX) = et Tr(X) = 1Tr(X) = 0

命題7.5.3.12

(7.7)
o(n) = so(n) = { X ∈ M(n,) ∣ tX + X = 0 }

証明

t(etX)(etX) = et(tX + X) = EntX + X = 0
o(n),so(n)に属する行列は tX = -X によって特徴付けられますが、このような行列を交代行列こうたいぎょうれつ, alternative matrixといいます。

命題7.5.3.15

(7.8)
u(n) = { X ∈ M(n,) ∣ X + X = 0 }

証明

(etX)(etX) = et(X + X) = En ⇔ X + X = 0
u(n)に属する行列は X = -X によって特徴付けられますが、このような行列を反エルミート行列はんえるみーとぎょうれつ, skew-Hermitian matrixといいます。

命題7.5.3.18

(7.9)
su(n) = { X ∈ M(n,) ∣ X + X = 0Tr(X) = 0 }

証明

略■
 空間(U,V3)における一つの物体の運動を表現するために、空間の正規直交座標系である世界座標系せかいざひょうけい, world coordinate system(O;i,j,k)とは別にその物体が定義されている正規直交座標系である物体座標系ぶったいざひょうけい, object coordinate system(O';o1,o2,o3)を考えます。
 物体座標系に固定されている物体の運動は物体座標系の時間変化によって記述することができます。(o1,o2,o3)は世界座標系で表現すると(3,3)特殊直交行列と考えることができますから、物体の運動は時間量から運動群3 ⋊ SO(3)への写像で表現することができます。以後、時間量は線長量と同型であると仮定し、時間の単位を定めることによって実数と同一視することにしましょう。
 原点を固定する物体の運動R(t)
R : longrightarrow SO(3),  t longmapsto R(t)
について考えます。常に
tR(t)R(t) = E3,  t ∈
が成り立っています。
 時刻0において世界座標系と物体座標系が一致すると仮定しましょう。これは次のように表現されます。
R(0) = E3
 物体の運動は滑らかであることが要請されます。これはR(t)が微分可能であるということと同等です。このとき、運動R(t)t = t0における速度ベクトルそくどべくとる, velocity vector
R(t0) :=
 
lim
t → t0
R(t) - R(t0)
t - t0
∈ M(n,)
は常に存在します。これはR(t)を曲線と考えたときに接ベクトルせつべくとる, tangent vectorと呼ばれます。
R(t)の直交性を表す式を微分すると
tR(t)R(t) + tR(t)R(t) = 0
となることからR(0) = E3を代入すると、t = 0における接ベクトルは、
tR(0) + R(0) = 0
より、交代行列となります。逆に任意の交代行列XについてR(t) := etXとおくと
R(0) = E3,  R(0) = X
となり、SO(3)の単位元E3における接ベクトル空間とLie環so(3)は一致することがわかります。
 線形Lie群のLie環とは、線形Lie群の単位元における接ベクトル空間に他なりません。
SO(3)のLie環so(3)の構造を調べてみましょう。so(3)の元は交代行列ですから、対角成分は0であり、交代性から成分の決め方の自由度は三つしかありません。したがって、J1,J2,J3so(3)
(7.10)
J1 := lb96
0
0
0
0
0
-1
0
1
0
rb96 J2 := lb96
0
0
1
0
0
0
-1
0
0
rb96 J3 := lb96
0
-1
0
1
0
0
0
0
0
rb96
と定めると、これらはso(3)の基底となり、
(7.11)
so(3) = J1J2J3
と表すことができます。回転のオイラー角表現行列をRn(t), n = 1,2,3とすると
(7.12)
etJn = Rn(t),  n = 1,2,3, t ∈
が成り立っています。
SU(2)のLie環su(2)の構造を調べてみましょう。su(2)の元は反エルミート行列ですから、
lb48
a1i
-a2 - a3i
a2 - a3i
-a1i
rb48Mat(Im )
という形をしています。これは空間Im の行列表現であり、基底
(7.13)
I := Mat(i) = lb48
i
0
0
-i
rb48
(7.14)
J := Mat(j) = lb48
0
-1
1
0
rb48
(7.15)
K := Mat(k) = lb48
0
-i
-i
0
rb48
により
(7.16)
Mat(Im ) = I ⊕ J ⊕ K
と直和表現されます。
 線形Lie群GはそのLie環gに対して次のように左から作用します。
G × g longrightarrow g,   (g,X) longmapsto Ad(g)X := gXg-1
これをGg上への随伴表現ずいはんひょうげん, adjoint representationといいます。
X ∈ gならばetX ∈ Gですから、
etgXg-1 = getXg-1
よりAd(g)X ∈ gであり、
Ad(gh) = Ad(g)Ad(h),  Ad(g-1) = Ad(g)-1
が成り立つことから、AdGからg上の一般線形群への準同型であることがわかります。
Ad : G longrightarrow GL(g), g longmapsto Ad(g)
SU(2)は三次元単位球面S3の行列表現であることから、全射群準同型
φ:S3 longrightarrow SO(Im ),  a longmapsto φa,a
Ad : SU(2) longrightarrow SO(Im ),  g longmapsto Ad(g)
と同じものであり、次の定理が成り立ちます。

定理7.5.6.4

su(2) = Mat(Im )であり、SU(2)su(2)上への随伴表現は全射準同型
Ad : SU(2) longrightarrow SO(3)
を引き起こし、その核は{E2,-E2}であり、次の群同型を誘導する。
SU(2) / {E2,-E2} ≅ SO(3)
[1] 小林 俊行, 大島 利雄, Lie群とLie環(岩波講座 現代数学の基礎17), 岩波書店, 1999
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[2] 江沢 洋, 島 和久, 群と表現, 岩波書店, 2009
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数  学
Lie環 りーかん, Lie algebra
交代行列 こうたいぎょうれつ, alternative matrix
反エルミート行列 はんえるみーとぎょうれつ, skew-Hermitian matrix
世界座標系 せかいざひょうけい, world coordinate system
物体座標系 ぶったいざひょうけい, object coordinate system
速度ベクトル そくどべくとる, velocity vector
接ベクトル せつべくとる, tangent vector
随伴表現 ずいはんひょうげん, adjoint representation
 
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