5.2節 体積論
著者:梅谷 武
語句:極限等積, 体積量, 多重線形, 立方化
立体図形の等積性について論じ、体積量が対称テンソル積としての代数構造をもつことを示す。
作成:2009-09-15
更新:2021-03-28
 空間上の距離も平面上の距離と同様に二点を結ぶ線分の線長量によって定義されますが、近傍の定義は円ではなく球を使います。空間U上の点Pと線長量r ∈ L+が与えられたとき、Pr-近傍を
Br(P) := { Q ∈ U | d(P,Q) < r }
によって定義し、これにより空間上に位相を導入します。
 平面幾何における直線図形、すなわち多角形は境界が直線である辺で囲まれた平面図形であり、各辺の端点は頂点と呼ばれました。つまり辺と頂点によって表わすことができました。立体幾何において直線図形に対応するものは多面体です。多面体は境界が多角形である面で囲まれた立体であり、面の境界は辺、辺の端点は頂点です。つまり面と辺と頂点によって表わすことができます。
 直線図形の三角形分割に対応するものは、多面体の四面体分割です。次の定理は以後の議論の前提になります。

定理5.2.2.3 四面体分割

すべての多面体は互いの共通部分が頂点と辺と面のみの四面体に分割することができる。

証明

略■
 立体図形の等積性を議論する基本は、やはり公理2による合同等積性と公理3による点集合としての包含関係による順序付けです。
 立体図形の分割等積と補充等積は次のように定義されます。

定義5.2.2.7 分割等積

二つの立体図形が分割等積であるとは、それらを適当に立体図形に分割すると、それぞれで分割した立体の集合が一対一に対応し、なおかつ対応する立体どうしが合同等積であるようにすることができることである。

定義5.2.2.8 補充等積

二つの立体図形が補充等積であるとは、それらが合同な立体図形から合同な立体図形を引いたものあるいは加えたものに等しいことをいう。さらにこの定義において補充する図形の等積性を補充等積にしたもの、あるいは分割等積における分割図形の等積性を補充等積にしたものも補充等積であるという。
 定義から合同等積ならば分割等積であり、分割等積ならば補充等積であることがわかります。
Polyhedron = { 空間内の多面体全体 }とし、Polyhedronに属する二つの多面体の体積が等しい、すなわち等積であるということを、どのように定義するかが問題です。平面幾何においてはこの等積性を補充等積と定義しましたが、立体幾何ではこれがうまくいきません。
 原論では平行四辺形を平行六面体に、三角形を四面体に置き換えて体積論を展開していきます。まず第XI巻では、平行六面体に関する分割等積性と比例関係について論じます。

命題5.2.2.12 XI-29,30,31

同高同底の平行六面体は分割等積である。

命題5.2.2.13 XI-32

同高の平行六面体はその底面に比例する。

命題5.2.2.14 XI-33

相似な平行六面体は対応する辺の比の三乗比をもつ。
 しかし、第XII巻で議論されている内容は分割等積や補充等積ではうまくいきません。エウドクソスは極限等積の概念を使ってこれらの困難な問題を解いていきます。

定義5.2.2.16 極限等積

二つの立体図形が極限等積きょくげんとうせきであるとは、それぞれに限りなく近づく立体図形列で、互いに補充等積であるようなものを構成することができることをいう。

命題5.2.2.17 XII-3,4,5

同高同底の四面体は極限等積である。

命題5.2.2.18 XII-6

同高の四面体はその底面に比例する。

命題5.2.2.19 XII-7

相似な四面体は対応する辺の比の三乗比をもつ。
 結果的に面積論と同様に、すべての多面体が直方体や立方体に等積変形できることがわかります。

命題5.2.2.21

すべての多面体は指定底面、指定角、あるいは指定高、指定角の平行六面体に等積変形できる。特に立方体に等積変形できる。
Polyhedronに属する二つの多面体の体積が等しい、すなわち等積であるということを、それらが極限等積であることと定義します。この関係は同値関係であり、これによる商集合D+ := Polyhedron/∼を体積という量の集合と考え、これを体積量と呼ぶことにしましょう。任意の多面体に対して、その等積類を対応させる写像Polyhedron → D+が定まります。
 立体図形の等積性を極限等積とすることが本質的に必要であることは、1900年にマックス・デーンDehn, Max, 1878-1952により示されました。

定理5.2.2.24 デーン

正四面体は直方体に分割等積ではない。
 また補充等積ならば分割等積であることも証明されています。

定理5.2.2.26 シドラー

多面体が補充等積ならば分割等積である。
 面積量と同様に体積量も対称テンソル積と考えることができます。 a ⊗ b ⊗ cで直角を挟む三辺の長さがそれぞれ a,b,cであるような直方体の等積類を表すものとします。
L ⊗ L ⊗ L := { a ⊗ b ⊗ c | a,b,c ∈ L }
とおくと写像
L × L × L longrightarrow L ⊗ L ⊗ L,  (a,b,c) longmapsto a ⊗ b ⊗ c
が定まります。これまでの結果から
D = L ⊗ L ⊗ L
として議論を進めていきます。

命題5.2.3.2

体積量Dは線長比上の線形空間であり、写像
L × L × L longrightarrow D,  (a,b,c) longmapsto a ⊗ b ⊗ c
-多重線形たじゅうせんけい, multilinearかつ対称である。さらにこの写像はテンソル積としての普遍性をもち、体積量Dは線長量Lの対称テンソル積である。

証明

略■
 任意の直方体a ⊗ b ⊗ c ∈ D+について、
a ⊗ b ⊗ c = d ⊗ d ⊗ d
なるd ∈ L+が一意的に存在しますが、これは順序集合としての 同型写像
D+ longrightarrow L+,  a ⊗ b ⊗ c longmapsto d := a ⊗ b ⊗ c
を引き起こします。与えられた立体図形に等積な立方体を求めることを立方化りっぽうかと呼ぶことにします。立方根と同じ記号で表しますが比に関する立方根ではなく、体積量を立方化したときの一辺の長さである線長量を意味しています。
 体積量Dの等積類a ⊗ b ⊗ cに属する直方体の体積を測るとは、単位u ∈ L+を定めて、測定対象となる線分の組(a, b, c) ∈ L × L × Lとの比の組(a:u, b:u, c:u)を求めることです。線長量の場合と同様にこれをノルムとして表現します。
 まず、線長量が単位uによって生成される一次元線形空間であることから、次がわかります。

命題5.2.5.3

体積量D = L ⊗ L ⊗ Lは単位u ∈ L+を定めると、u ⊗ u ⊗ uから一次元線形空間となる。
D = u ⊗ u ⊗ u

証明

略■
 体積量上のノルムも比例倍を保存します。

命題5.2.5.6 体積量上のノルムの性質

体積量Dのノルムについて次が成り立つ。
(正値性) a0かつa = 0 ⇔ a = 0,  a ∈ D
(比例倍) λ a = λ a,  λ ∈ , a ∈ D
(三角不等式) a + ba + b,  a,b ∈ D

証明

略■
a ⊗ b ⊗ c ∈ L ⊗ L ⊗ Lを単位u ∈ L+で表現すると、そのノルムを次のように表現できます。
a ⊗ b ⊗ c
=
a
u
u ⊗
b
u
u ⊗
c
u
u
=
a
u
b
u
c
u
u ⊗ u ⊗ u
したがって、ノルムを単位u ∈ L+による各成分のノルムの積と定義するとノルムの性質を満たします。これを単位をもつ体積量のノルムと考えることにしましょう。

定義5.2.5.9 単位をもつ体積量上のノルム

体積量D = L ⊗ L ⊗ Lにおいて単位u ∈ L+を定めるとき、そのノルムを単位u ∈ L+による各成分のノルムの積と定める。
a ⊗ b ⊗ c
=
a
u
b
u
c
u
,  a,b,c ∈ L
[1] 砂田 利一, 分割の幾何学―デーンによる2つの定理, 日本評論社, 2000
[2] P.R. クロムウェル, 多面体, シュプリンガー・フェアラーク東京, 2001
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[3] R. ハーツホーン, 幾何学 I, シュプリンガー・ジャパン, 2007
[4] R. ハーツホーン, 幾何学 II, シュプリンガー・ジャパン, 2008
人  物
マックス・デーン Dehn, Max, 1878-1952
 
数  学
極限等積 きょくげんとうせき
多重線形 たじゅうせんけい, multilinear
立方化 りっぽうか
 
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