1.4節 距離論
著者:梅谷 武
語句:距離, 完備性
線長量を使って平面上に距離を定義し、位相的な概念を導入する。
作成:2009-08-24
更新:2011-03-08
 原論第I巻の証明を読んでいると、多くの場合に線分の長さという量の大小関係を比較することで結論に導かれていくことに気が付きます。そこにはあきらかに距離概念があります。
 現代では量は実数値で与えられると考えますが、原論の立場では量そのものに順序代数構造を入れて、基本的にはその上で議論します。この違いが原論を読むことを難しくしています。ここでは距離を原論に忠実に定義します。

定義1.4.1.3 距離

平面E、線長量L+、その閉包L+ := L+ ∪ {0}について、平面E上の二点間の距離きょり, distancedを次のように定義する。
d:E × E longrightarrow L+,  (P,Q) longmapsto d(P,Q)
d(P,Q) := lc72
[PQ]
P ≠ Q のとき
0
P = Q のとき

命題1.4.1.4 距離の性質

平面E上の距離dは次を満たす。
(正値性) d(P,Q) ≧ 0, P,Q ∈ E かつ d(P,Q) = 0 ⇔ P = Q
(対称性) d(P,Q) = d(Q,P), P,Q ∈ E
(三角不等式) d(P,R) ≦ d(P,Q) + d(Q,R), P,Q,R ∈ E

証明

(正値性) 定義。(対称性) 線長量の性質。(三角不等式) 命題I-20「任意の三角形において、任意の二辺の和は、残りの辺より大きい。」■
 現代においては距離をこの命題の性質を満たす実数値関数として与えますが、この定義であれば自然で第I巻の内容とまったく違和感が無いように感じられます。
 距離が与えられることによって点列が収束するという概念を定義することができます。

定義1.4.1.8 点列の収束

平面E上の点列(Pn)n ∈ が点P収束しゅうそく, convergeするとは、任意の線長量r ∈ L+に対し、ある自然数Nが存在して、
n ≧ N ⇒ d(Pn,P) < r
が成り立つことをいう。
 平面E上の点Pと線長量r ∈ L+が与えられたとき、Pr-近傍きんぼう, neighborhood
Br(P) := { Q ∈ E | d(P,Q) < r }
によって定義します。
 平面Eの部分集合Aが与えられたとしましょう。点P ∈ AA内点ないてん, interior pointであるとは、適当な線長量r ∈ L+を選べば、
Br(P) ⊂ A
とすることができることをいい、Aの内点全体の集合をAiと書き、A内部ないぶ, interiorと呼びます。Aの平面Eにおける補集合Acの内点をA外点がいてん, exterior pointといい、Aの外点全体の集合をAeと書き、A外部がいぶ, exteriorと呼びます。平面E上の点でAの内点でも外点でもない点を境界点きょうかいてんfrontier pointといい、Aの境界点全体の集合をAfと書き、A境界きょうかい, frontierと呼びます。
 定義の仕方から、
E = Ai ∪ Af ∪ Ae
であることがわかります。Aの内部と境界の和集合
A := Ai ∪ Af
A閉包へいほう, closureといいます。

命題1.4.1.12

平面E上の点Pと線長量r ∈ L+が与えられたとき、A := Br(P)について次が成り立つ。
(1) Ai = { Q ∈ E | d(P,Q) < r } = A
(2) Ae = { Q ∈ E | d(P,Q) > r }
(3) Af = { Q ∈ E | d(P,Q) = r }

証明

略■
 平面E上の点Pと線長量r ∈ L+が与えられたとき、Pr-近傍の境界を
Sr(P) := { Q ∈ E | d(P,Q) = r }
と書くことにします。これは点Pを中心とする半径rの円に他なりません。
 平面Eの部分集合A開集合かいしゅうごう, open setであるとは、
A = Ai
が成り立つことです。A閉集合へいしゅうごう, closed setであるとは、
A = A
が成り立つことです。A有界ゆうかい, boundedであるとは、
A ⊂ Br(P)
なる点P ∈ Eと線長量r ∈ L+が存在することです。

定義1.4.1.16 写像の連続性

平面Eの部分集合A上で定義されている写像f:A → Eが点P ∈ A連続れんぞく, continuousであるとは、任意の線長量r ∈ L+に対し、ある線長量s ∈ L+が存在して、
d(P,Q) < s ⇒ d(f(P),f(Q)) < r
が成り立つことをいう。fAにおいて連続であるとは、Aのすべての点で連続であることをいう。

命題1.4.1.17

平面Eの部分集合A上で定義されている写像f:A → Eについて次の三条件は同値である。
(1) fは連続である。
(2) Eの任意の開集合Oについて、f-1(O)は開集合である。
(3) Eの任意の閉集合Kについて、f-1(K)は閉集合である。

証明

略■
 現代の解析学においては、距離が定義された対象の元の列が収束するという性質を使って問題を解きます。この手法を使う場合に前提となるのが完備性という性質です。

定義1.4.2.2 Cauchy列

距離が定義されている集合において、その元の列(xn)n ∈ Cauchy列こーしーれつ, Cauchy sequenceであるとは、任意の線長量ε ∈ L+に対し、ある自然数Nが存在して、
m,n ≧ N ⇒ d(xm,xn) < ε
が成り立つことをいう。

定義1.4.2.3 完備性

距離が定義されている集合において、任意のCauchy列が収束するとき完備かんび, completeであるという。
 しかし、原論はこの収束概念に関して現代と大きく異なる立場をとります。そもそも完備性の概念がありませんので、収束列を使って存在証明するということができません。ですから、ある性質を満たす図形が存在することを証明するためには、公準や公理に基づいた作図法に従った定規とコンパスの有限回の操作によってその図形を描かなければなりません。例を挙げれば、1796年にガウスGauss, Johann Carl Friedrich, 1777-1855が正十七角形の作図法を発見するまでは、原論を重んずる立場では正十七角形が存在することは認められていませんでした。
 エウドクソスは第XII巻で立体の等積問題を証明するときに、近代になって取尽し法とりつくしほう, methodus exaustionibusと呼ばれるようになった方法を使いました。これは直接には比較できない二つの量を比較しようとするときに、任意の量εを与えたときに各々を近似する有限和を誤差がεより小さいように構成し、なおかつその有限和どおしが分割等積であるようにするものです。
 この方法で構成されている有限和の列は対象となる図形に収束していますので、現代の解析学と同じように思えますが、原論では収束したからといって、その存在を認めることはありません。あくまでも定規とコンパスの有限回の操作で作図できたものだけしかその存在を認めません。取尽し法はこの意味で存在する二つの図形を比較するためのものです。
 1872年にデデキントDedekind, Julius Wilhelm Richard, 1831-1916カントールCantor, Georg Ferdinand Ludwig Philipp, 1845-1918らによって実数が集合論上に完備性のある数学的実体として構成されて以来、解析学はこの実数論を基礎として高度に発達し、原論は時代錯誤であるとされ、人々から忘れ去られてしまいました。
 学生時代に歴史的名著とされているデデキントの『数について』[1]を読んだときには立場上、実数論が現代数学の基礎となった偉大なる成果であることを疑うことができませんでしたが、今、自由な立場で原論を読むと、無限を巧妙に避けようとするその慎重さに心引かれます。また、後の直観主義に繋がっていく実数論に対する過激な批判で知られるクロネッカーKronecker, Leopold, 1823-1891についても、その発言や行動には共感できないものの、言わんとすることはわからないでもないと思うようになりました。
 アルブレヒト・デューラーであれば、例えば正十七角形を作図しようとする場合、もし知っていたとしてもガウスの作図法は使わず、実用上十分な精度で近似的に作図する方法を考え、必要であれば専用の数学器具を製作したでしょう。職人には特定の思想・学説・理論や技法に偏らないバランス感覚と、現実的な解を創案し具象化していくリアリズムが要求されます。
[1] デーデキント, 数について―連続性と数の本質 (岩波文庫), 岩波書店, 1961
人  物
ガウス Gauss, Johann Carl Friedrich, 1777-1855
デデキント Dedekind, Julius Wilhelm Richard, 1831-1916
カントール Cantor, Georg Ferdinand Ludwig Philipp, 1845-1918
クロネッカー Kronecker, Leopold, 1823-1891
 
数  学
距離 きょり, distance
収束 しゅうそく, converge
近傍 きんぼう, neighborhood
内点 ないてん, interior point
内部 ないぶ, interior
外点 がいてん, exterior point
外部 がいぶ, exterior
境界点 きょうかいてんfrontier point
境界 きょうかい, frontier
閉包 へいほう, closure
開集合 かいしゅうごう, open set
閉集合 へいしゅうごう, closed set
有界 ゆうかい, bounded
連続 れんぞく, continuous
Cauchy列 こーしーれつ, Cauchy sequence
完備 かんび, complete
取尽し法 とりつくしほう, methodus exaustionibus
 
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